総会受けて直ちに
21日、月曜日。4時過ぎに目が覚めて短時間の読書。5時起床。朝風呂で身支度。新聞休刊日。新事務所へ。
雑務。この日の3つのみんなの家事業所管理者会議の準備もあれこれと。事務局の安田さんと打ち合わせ。岡山市へ、みんなの家だんだんの更新申請する、その窓口にログインすることにかかわって頭をひねります。
歯医者さんへ出向いて定期的メンテナンスと義歯の調整を。終えて、ハローワークへ走ります。みんなの家かるがもの看護師さん、介護士さんの求人募集をお願いです。
急に、お腹がすいた、ので島田本町当たりの、なるほどやに出向き、デミグラスソースのかつ丼で早めの昼食です。運動公園に。歩いて中国銀行で現金を引き出し、津島モールで1300円カットと買い物を。
急いで新事務所に帰って、前日の県人権連総会に対するお礼状、メール添付で送られてきているもの確認です。この日、早々に手配りや郵送で届けてくれていました。
ななくさの2階で管理者会議です。利用者さんの特徴ある動向や課題、引き続く利用者さん確保、スタッフさん配置とスタッフさん確保の課題など論議です。落ち着くことなく変化する動向に対応するには、それなりの気力が求められます。集団指導体制なるものの確立、課題です。
終えて新事務所に戻ります。高柳のコーナンへ走り、スープジャーを二つ買ってたとき、おかやま人権研究センターの新川さんから電話。探してほしいと言っていた論文が見つかったよ、と。すぐ、民主会館へはしり、『雑誌・人権21』の前身、『部落問題・調査と研究』の83.84.を見せてもらいました。当時、東京都立大学教授だった佐々木隆爾さんが「日本の戦後政治と同和対策」を上・下で書かれています。
新事務所に帰って、翌日に出向く山口県人権連主催の学習会の最終的な準備に。母親から電話があり、鍵のことでななくさのスタッフさんに確認に出向きます。母親にななくさの皆さんの考え方を伝えます。記憶力、判断力が衰えてきているだけに、こちらも余分な神経を。
買ってきたスープジャーに炊き込みご飯を入れて、母親に届けようと出向きますが、もうアパートは真っ暗にしていたので、寝ているんだと判断。自宅に帰りました。こちらも少し疲れ気味。早い時間からうとうと、でした。
記事分類 NPO人権みんなの会記録 | コメント 0 »