|26年01月12日 |中島 |

2013/01/12 07:20
11日、日曜日。6時前に起床。久しぶりに7時間ほどの睡眠で気持ち良い朝です。朝風呂で身支度。NHKE テレで俳句番組をみてから新事務所へ。
雑務。新聞に目を通します。赤旗新聞は、告示まで1週間となった沖縄・名護市長選を「基地経済に頼らぬ姿勢への転換を」という見出しで予定候補の奮闘を伝えています。読売新聞が10日付で「首相、衆院解散検討」の大見出しでスクープしたこと、ただ自民党や維新の会の関係者などからは全く知らない、という声もある、と伝えています。早晩、「高支持率」が揺らいでくるという観測が背景にもある、という分析も。
NHK総合テレビで日曜討論をみます。政党党首・代表がインタビューに答えていきます。解散総選挙、さてどうなるのか・・・。
10時過ぎて小雪が舞います。ちょっと楽しい気分にもなります。
岡山県地域人権問題研究集会の小畑実行委員長から、「「問題提起」原稿を可能ならば1月13日までに送ってくださいというメールが届きます。パソコンに向かって「基本的人権の確立をめざして―『第6次岡山県人権政策推進指針(素案)』の検討ー」の文章化に。柱建てと、柱に沿った内容を書き込んでいきます。地域改善対策特別措置法の期限切れを前にして政府が「人権教育・啓発」の基本計画などの策定に動く2000年前後の頃、岡山県人権政策推進指針策定検討している時、その時期の私たちの文章も改めて目を通す作業も。案外、ほう、こういうことも書いたのかなどと結構楽しいものです。
この日は事務所にほぼ缶詰状態。残りご飯を、卵スープの素を二つ、生卵ひとつ使ってオジヤにします。梅干し一個でいただきますが、あっさりして美味しいのです。
夕方も雪が降り出して車の屋根に積もっていきます。みんなの家だんだんに降りて雪が降っていること伝えます。母親がこの日はななくさに泊まると言ってますよ、と連絡があり、一日一度は顔を見せておこうとななくさに出向きます。頑張って夕食を摂っていました。
雪が積もると大変だから早く帰れと連れ合いからのメール。まだまだ文章化は残りの方が多いけれど、また明日があるさ、という気分で7時前に帰宅でした。
夕食は、持ち帰った白菜を使って水炊き風の鍋。一本飲んで迷いましたが、たまにはよいではとビールは2本目も美味しくいただきました。
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|26年01月11日 |中島 |
10日、土曜日。夜中に目が覚めて寝不足のまま4時前に起床。早朝の配りもの済ませます。朝風呂で身支度。山陽新聞と赤旗新聞に目を通します。桑田町の木村のパン屋さんに出かけてサンドイッチなどを購入。運動公園へ出向いて、朝焼けがみれる気持ちよさを味わって、歩きます。
新事務所へ。雑務。ここでは朝日新聞にも目を通します。フェイスブックでは解散総選挙の話も。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。ケアマネ登録にむけての研修、自宅で丸一日、オンラインで行う、その体験を聞かせてもらいます。請求事務のことなどの話しも。辺野古の埋め立てと米軍新基地の問題、名護市長選挙のことなど話しして檄布へ共感してくれる人にメッセージを書いてくれるようお願いです。
岡山駅西口へ走ります。車を置いて歩きます。岡山県地域人権問題研究集会実行委員長の小畑先生から電話。14日の会議招集対象のこと、23日の実行委員会会議や、さらには2027年2月の集会のことなどの提案を受けます。そのあとまた歩きます。
買い物をして、新事務所に帰ります。お休みだけれど給与計算などを早めに整理したくて、と事務局の安田さんが出勤しています。みんなの家かるがものTさんから、体調万全でないスタッフさんのことで連絡が届きます。現場でよく相談してほしいと話します。
母親のアパートへ歩きます。まず、電気湯たんぽを温めます。湯たんぽで布団のなかが暖かいので、ベッドに横になっている時間が長くなっています。この日も、温かいココアをカップ半分飲んでくれました。
新事務所に帰ります。14日の地域人権問題研究集会実行委員会の9人会議(2月7日の集会本番で提案する人たちを中心に準備する会議)で、当方が提起する文章の準備に頭を切り替えます。参考になるようなものも再度読んでみたり。
8時ごろ帰宅。この日は、15000歩歩いていました。風が強くなってきていました。
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|26年01月10日 |中島 |
9日、金曜日。4時半起床。早朝の配りものを済ませて朝風呂で体を温めます。新聞に目を通してから新事務所へ。
雑務。12月13日開催の学習集会の事務的な処理について、民主会館事務局の中島青年に連絡、対応を敏速にと話します。
ハヤシライスのルーをつくります。
大安寺の、いのくちクリニックへ走ります。待ち時間中、みんなの家だんだん杉本さん、利用者さんの同行でやってきます。体調のことなど聞いてみたり。帯状疱疹ワクチンの予防接種をやったんだと聞きます。
主治医の診察、前回の血液検査結果を聞かせてもらいます。昨年10月ごろの検査でCKという数値(心筋や骨格筋の状態を示す)が急に高くなったので、服薬のせいなのか確認するために一つの薬を中止していたのですが、結果は高いまま。さて、という話になって、他の腎臓、肝臓、脂質などの数値から判断して、いまのままでいくことに。年末におきた胃の痛みを訴えて、胃カメラを今月末に撮ることに。
昼過ぎ新事務所に帰ってきて、ハヤシライスを炊き立てのご飯で、遅めの昼ご飯です。
午後、みんなの家だんだんの管理者、佐々木さんが来室。他の施設を活用することになった利用者さんのこと、新たな利用者さん候補などの事、報告してくれます。スタッフさんの思いなどを率直に聞かせてもらえる場の設定、取り組みなども話し合います。
母親のアパートへ。まだ帰っていません。しばらく待機。その間に電気湯たんぽを温めておきます。いつもより1時間ほど遅く帰ってきました。持参した暖かいココアを「ああ、美味しい」と言ってカップの半分ほど飲んでくれました。
沖縄県名護市長選挙、オール沖縄陣営のおながクミコさんの選挙勝利にむけた募金をいただきに走ります。
7時ごろ新事務所に帰ってきて、しばし雑務。フェイスブックなどから、日本維新の会の所属議員の国保逃れの実態とそれを報道するメディアへの批判、「違法」だという認識を持っての追及が足らないということ、伊原木県知事あてに提出する予定の「政治資金規正法違反の疑惑に知事みずからの説明を求める申し入れ書」が、そういう姿勢になっているか気になって点検でした。
8時ごろ帰宅。この日もおでん。美味しいのです。350ミリの缶ビール、久しぶりに二本いただきました。癖にならないようにと思いながら。
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|26年01月9日 |中島 |
8日、木曜日。5時起床。朝風呂で身支度。新事務所へ。
雑務。事務局の安田さんと打ち合わせ。前日、みんなの家かるがもでスタッフさんが怪我されたことについて労災対応の条件などについて。ハローワークへの求人募集、その対象も確認です。
前夜の会議にかかわって、諸連絡。年齢などを考慮して体制上の事なども伝えていきます。地域と人権・岡山版の最終校正が届きます。こちらが書いたあいさつ文に、GNPとしてあるもの、GDPと訂正しておきますよ、と連絡が届きます。GDPはGROSS DOMESTIC PRODUCT(国内総生産)でGNPはGROSS NATIONAL PRODUCT(国民総生産)としているようです。
ハローワークへ走ります。2日前に出向いた、かるがもの介護士さん募集について賃金額が多少違っていること、さらに看護師さんの募集、それにみんなの家だんだんにも看護師さんを募集しておきます。
大野辻のコープに出向いて食料を購入。初めていく回転寿司でちょっと贅沢な昼ご飯。県立図書館へ返却に。入り口に警備員さんがいて入れません。なぜか図書館は閉館でした。
この日のおかずを買いに走ります。卵と鶏肉ばかり売っているお店、そして野菜と果物のお店に。
新事務所に帰ります。留守中に県革新懇の氏平事務局長が来られたようで、沖縄県名護市の市長選挙、オール沖縄のおながクミコさんへの檄布、カンパ袋が届けられています。檄布、大勢の人たちが気持ちを込めて書き込んでくれています。もう少しの空白に書き込んでもらうように、まずは安田さんにお願いでした。
温かいココアとお茶、買ってきた鉄分入りのチーズをもって母親のアパートへ歩きます。たまたまベッドの上で起き上がっていました。電気湯たんぽを温めて、ココアを飲むようにカップに入れてあげます。「毎日来てくれて、面倒かけて悪いな」と言い出しました。そういう風になっているんです、こちらも齢がいったら息子か娘にみてもらうのだから、などと話します。
新事務所に帰ります。7時過ぎに自宅へ。おでん、特に厚揚げが美味しく感じますが、ビールは一本だけに我慢です。
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|26年01月8日 |中島 |
7日、水曜日。4時過ぎ起床。朝風呂で身支度。山陽新聞に目を通して新事務所へ。途中、コンビニでおでんなどを買っておきます。
雑務。朝日新聞と赤旗新聞にも目を通します。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。通信環境がよくない、という話。いろんなことに影響があるから早急な対応を、と話します。
2005年1月の岡山県AALA連帯委員会の新春学習会の、当時のレジメを6部印刷して民主会館へ走ります。県革新懇の事務局会議です。会計担当のKさんに、会費と新聞代、18人×1200円と2人×3000円、手渡します。沖縄の名護市市長選挙、オール沖縄陣営の支援に出向いているEさんなど二人の欠席、6人の参加です。情勢討議です。アメリカのベネズエラ侵攻、武力による脅し、ドンロー主義なる西半球の植民地支配への野望などについてその酷さが口々に。23日からの通常国会、定数削減問題が継続審議になっているだけに、継続的に宣伝することに。4月4日、5日の中四国交流会の諸準備なども確認です。氏平事務局長やその他2名の方たちが沖縄県名護市へ支援に行くこと、そのカンパも届けたいね、などと。
終えて、この日の朝は禰屋裁判、倉敷民商弾圧事件で検察庁に要請活動に出向き、その後革新懇の事務局会議に参加のFさんとお昼ご飯。倉敷市一歩手前の久しぶりのアーリーバードは休業の貼紙。ここのハヤシライスが食べたかった、店主が病気療養では仕方ないわ、と後楽すわきへ走り中華そばを。
新事務所に帰ります。この日は、12月分の国保連請求の日。事務局の安田さんも住宅さんとふたりで、ななくさとだんだんの請求事務を。この日は時間が長くかかったようです。事務所で、暖かいココアをポットに入れて、運動公園まで走り津島モールで食料を買っておきます。帰り道、母親のアパートへ。ココアとイチゴを少し。電気湯たんぽを温めておきます。この日は、連れ合いが寝具を入れ替えてくれていました。ななくさのスタッフさんも含め、みんなよくしてくれると喜んでいました。
夕方、新事務所でズームで会議に参加です。右翼的潮流が野合的にしてもつくよなってきている情勢に対して、県内でもリベラルの人たちも含めた左翼ブロックの構築が必要なのでは、などと。引き継ぐことの大切さも考えていかなくては、と年相応のことも頭によぎってきます。
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|26年01月7日 |中島 |
6日、火曜日。4時半起床。朝風呂で身支度。山陽新聞に目を通してから新事務所へ。途中、コンビニで牛乳などを買ってきます。
事務所の駐車場で、早出のみんなの家ななくさOさんと立ち話。年々、役割がおおきくなってくるけれど自信をもってよろしくねと話します。
事務所で雑務。ななくさの住宅さん、来所。ケアマネ研修計画も聞かせてもらいます。緊張感が新たに生まれるようです。法人全体に好い影響を与えてくれています。
この日は、ハローワークへ出かけてみんなの家かるがもの求人募集に。インターネットで申し込む方が増えたのでしょう、待ち時間なく対応してくれました。
事務所に帰り、あれこれ。中南米情勢について、岡山県AALA連帯委員会で事務局長をしていた当時の資料をみてみます。2005年1月の学習会では、
徳方宏治さんが講師で「アジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国の展望と日本の課題」と題して講演をしてもらっています。アメリカの「裏庭」からの脱却、大きな勢力になっていき、ベネズエラもアメリカからすれば、「ラテンアメリカの多くの国々がアメリカの言うなりにならず、自主的な発展の道を歩んでいる。合衆国政府が「南米の悪の枢軸」とよぶ国は、キューバ、ベネズエラ、ブラジル、アルゼンチン。ほかにもコスタリカを初め、面白い国がたくさんある。」などと。
岡山県AALA連帯委員会 2005年1月5日総会(抜粋)
(3)南米でも大きな変化
ラテンアメリカでも目を見張る変化が生まれています。
アメリカが第2次大戦後、アフリカを除く全大陸に張り巡らした軍事同盟の網は中南米にも及び、1947年に米州相互援助条約(リオ条約;米国と中南米22ヵ国)がつくられました。リオ条約は、中南米をアメリカが自分の「裏庭」として確保するためのもので、「南北アメリカの1ヵ国に対するいかなる国による武力攻撃も、米州のすべての国に対する攻撃とみなす」という共同防衛条項を持っています。しかし、1989年以来機能停止に追い込まれ、メキシコが昨年、正式脱退したほか、米州の殆どすべての国が加盟する米州機構の年次総会で、「米州の安全保障問題は米国の専権事項ではない」ことを確認しアメリカの内政不干渉を盛り込んだ最終宣言が採択されるようになりました。
アメリカはボリビア、コロンビア、エクアドル、ペルーに軍事基地を持ち、ガイアナ、パラグアイなどに軍隊を駐留させていますが、アメリカの支援を受けていた軍事独裁政権から民政への移管がすすむにつれて基地縮小の要求が広がり、鋭い対決点が浮き彫りになっています。
経済関係でも、アメリカが押しつけた新自由主義政策からの転換をめざす勢いが止まりません。南米ではベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビアの5ヵ国でアンデス共同体が結成されていますが、昨年12月には、別の共同体である南部共同市場(メルコスル;ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイで構成)の第29回首脳会議が開かれ、ベネズエラの正式加盟を承認しました。この結果、メルコスルは南米全体の人口の7割、国内総生産(GNP)のほぼ9割を占めることになり、南米諸国家共同体というさらに大きな目標に向かってメルコスルとアンデス共同体との統合をすすめる計画が現実味を増してきました。
一方、昨年12月には、アンデス共同体のボリビアで大統領選挙があり、アメリカが反米主義者と敵視した社会主義運動党の党首エボ・モラレス氏が、新自由主義反対と天然ガス資源からの多国籍企業の不当な利益の規制を掲げて当選しました。この勝利は、ベネズエラのチャベス大統領(1998年)、ブラジルのルラ大統領(2002年)、アルゼンチンのキルチネル大統領(2003年)、ウルグアイのバスケス大統領(2004年)と続いた左派政権の誕生に続くもので、いまや南米人口3億6,500万人の8割が対米自主政権のもとで暮らすまでになりました。
この選挙結果は他の諸国にも大きな希望を与えており、エクアドルでも「米国の干渉に対抗して、平等で多民族的な政治」を望む声が高まっています。今後、対米自主外交をすすめる南米各国との連携がさらに強化され、南米諸国家共同体を設立する動きが一層加速することになるでしょう。
3月にベネズエラから来岡する代表団との交流では、このような南米の躍動する変化を直接聞くことが出来ます。
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