|25年08月21日 |中島 |
20日、水曜日。4時起床。朝の空気を味わいながら新聞に目を通します。朝風呂で身支度。新事務所へ。
雑務。朝の会議用の資料、印刷したり。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。この日の管理者会議用におやつを持参してくれます。
9時半過ぎにななくさ二階へ。10時から3つのみんなの家事業所の管理者会議です。管理者の皆さんから各事業所の運営状況を報告してもらいます。3つの事業所全体での経営は、毎月収入予算は1900万円。収入実績、4月2064万円、5月2029万円、6月2005万円合わせて6098万円、予算比106.9%、前年比105.5%。職員給与、4月は1086万円、5月1078万円、6月1076万円合わせて3240万円。前年比108.4%。7月の収入実績は1965万円の予定。
法人結成25年・ななくさ開設20年記念集会についても提起して論議。記念集会を開催するとしてその第1案、7月5日(日) 70から100名規模 午前11時から午後1時半 場所はこれから探す。記念集会のメインは「一人ひとりをとらえて小規模多機能を語る」、としてスタッフさん、利用者ご家族、運営推進委員、NPO会員、関係支援団体など皆さんから、ケアーの倫理をいかに社会に生かすかなど交流できることを考えています。来年に誕生する20年勤続者の方たちに感謝を表すこと、その具体化も検討です。
終えて、親子どんぶり風の具をつくり、冷凍ご飯を温めて昼ご飯です。
先日の西村導郎さんの逝去や高知県人権共闘50周年の集いのことを考えて、京都の部落問題研究所に連絡して、高知の人権共闘の歩みを示した『黒潮は流れてやまず』を1冊だけ注文です。
5時ごろ岡山駅前へ。相談を済ませて8時ごろ新事務所に帰ってきます。この日、相談のあった女性の義母さんから電話。懐かしい地域活動の思い出から、介護受けても良いという年代になった自覚も持ちながら半分躊躇している、そんな話を聞かせてもらいながら、遠慮なく相談してくださいよ、と背中を押してみたり。
連れ合いに事務所まで迎えに来てもらい8時半ごろ帰宅でした。
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|25年08月21日 |中島 |

2014/ 8/20 6:37
19日、火曜日。4時過ぎ起床。朝風呂で身支度。新事務所へ。
雑務。7時半から三門革新懇主催の『毎月19日のスタンデイング』。今回は西崎大通りの歩道です。今回は6人の参加。2015年9月19日の集団的自衛権に基づく海外での戦争を認める「安保法制」が成立させられた日、その年の10月から初めて今回で115回目。
新事務所にもどり、しばし雑務。10時過ぎに出発、岡山地方裁判所へ。おかやま黒い雨訴訟の第2回口頭弁論が行われます。支援する人たちが裁判所へ入場行進、そして手荷物検査を受けて、傍聴席100人の101号法廷へ。ほぼ満員の傍聴者です。裁判長の発言が明瞭で聞きやすく進行状態をよく理解できます。弁護団の中村弁護士が第1準備書面の要旨を読み上げ、被告側・岡山県が原告Aさんの被爆者手帳申請却下の理由について反論。1.県は被爆者援護法1条3号「原爆の放射能による健康被害の蓋然性がある事情の下にあった者」の蓋然性の意味が明らかでないと主張しているが、それでは認められるにはどうすればいいのか?県が言うような「危険性」とか「客観的に評価できる状況」とは、どんな状況を想定したものなのかとその具体的事例を示すように求めたことです。2.「原告の申請内容を客観的に評価できる資料が見当たらなかった」として原告の被爆事実を否定しているが、その資料とはいかなるものなのか?それは書面なのかモノなのか?と釈明を求めました。口頭弁論は裁判長の指揮で被告・県側が10月7日までに釈明・反論の準備書面を出すこと、次回第3回の口頭弁論は11月25日(火)11時30分となることが確認されました。
終えて、弁護士会館で報告集会が行われました。支援する会と弁護団は7月21日(火)、現地広島県津田町での広島県訴訟原告グループとの交流会を開き、原告Aさんの被爆当時の様子も現地で聞きいたビデオ報告がされました。則武弁護士の説明と現地に同行した志賀さんと柏菅さんも発言しました。
終えて、倉敷市から支援に駆け付けた柚木さんたちを岡山駅西口まで送ります。遅い昼ご飯を済ませて、食料も買ってきて新事務所に帰ります。
母親に食料を届けます。ご機嫌はよろしくてひと安心です。新事務所に帰ってきて、しばしソファで休憩。夕方の「そうがかり行動」、ちょっとお休みでした。
7時半過ぎに帰宅。この日は、10時からのNHK総合、『船を編む』の最終回、就寝時間をこえていたものの、楽しく観てから寝床へ。
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