支配がなくて服従が
|11年06月20日 |中島 |
19日、早朝の配達物をすませて自宅で白いご飯をいただきます。やはり朝食は、炊き立てご飯が美味しい。いつもより遅れて公園に。花々を探しながらの散策という感じです。
事務所に出向いて、雑務。途中、三戸さん来館。6月25.26日和歌山で開催される地域人権問題全国研究集会や京都の宵山コンサートなどが話題に。活動で青年時代から知り合いの国末さんも訪ねてきます。仕事は、夏期賞与にかかわる被保険者支払い届、4枚の記入です。NPOみんなの会では32人に賃金・報酬を支給しています。その夏期賞与対象者は、29人。健康保険に加入している15人のうち賞与支給者は13人。この13人にかかわる資料づくりです。13人の方にあわせて151万円余りを支給したことになりました。
昼ご飯をコンビニのおにぎりで済ませて、県立図書館へ。学びのひろば、政治学から古事記を読み解く、第3回の講座です。小畑先生の話は情熱的。皇祖神となるアマテラスの高天の原、葦原の中国のおさめる者となっていく過程を政治学的に分析していきます。ポイントは、服従。支配はしないが服従がある、という構図。スサノオが姉のアマテラスに服従の意志を示す。そして八百万の神々も、天の岩戸からアマテラスを引き出すその行為の源は服従。決してアマテラスから統治行為はしない、その流れが一貫しているというのです。712年に書いた人の意図を読み取っていくという作業、なかなか面白いのです。
ほろ酔い加減で民主会館から自宅に迎えを頼むと、息子が来てくれました。これが父の日の心からのプレゼント、のようでした。
記事分類 NPO人権みんなの会記録 | コメント 0 »