みんなの会 岡山市北区下伊福西町1-53 ● みんなの家ななくさ 岡山市北区西崎本町1-7 ● みんなの家かるがも  岡山市南区浦安本町158

日割り計算

|13年05月31日 |中島 |

 ペリカンの口先のよう。5月31日

30日、この日の朝も運動公園に。30分の散歩で汗を流してから事務所に。

事務所で雑務。岡山市の福祉事務所のケースワーカーさんに電話連絡。言っていることが通じないので直接出向くと伝えます。そして銀行に。待ち時間が長いのです。「みんなの家だんだん」の水道料金を支払い、別に現金を引き出します。そこから「福祉サービス総合補償」の代金、洗濯機と掃除機の代金、立て替えてくれていた「みんなの家ななくさ」会計に返済にいきます。そして、岡山市の福祉事務所に。後見しているYさんの賃貸契約書のコピーをいただきます。敷金の返済金の証明はケースワーカーさんにしてもらうことに。

もう一人、先日亡くなった被後見人のKさんの財産処理のことで話し合い。3日に亡くなったが岡山市から生活保護費が4日に振り込まれた。これを返済することも一つの内容。普通、日割り計算してから返済するのでは、と問いかけると、全額返済、と答えます。その根拠になるものは、と問うと、兵庫県のQアンドAを持ち出して、こう書いてあると説明されます。それは説明になっていないよ、と指摘。あなたたちが矛盾を感じたら行政施策も見直そうとするそんな姿勢を持ってくださいよ、と要請です。今回はもういいからと、2万円余りを返金、遺留届を提出してKさんの後見にかかわる岡山市とのやり取りは終えました。

昼から、NPOみんなの会の事務局理事のメンバーが、民主会館内にある事務机、ソファー、冷蔵庫などを軽四トラックで、「みんなの家だんだん」まで運んでくれます。金太郎のような力を発揮する金ちゃんでした。そして、シグナスのお二人がベットと机・椅子を運び込みます。ホームらしくなってきます。

いったん事務所に帰り、書類を整理して裁判所に。被後見人のYさんの賃貸契約書をまず提出。その次に、Kさんのことについて「最終報告書」を提出。Kさんについてあとは、東京法務局に終了届を出すのみとなりました。

改めて、「みんなの家だんだん」に。写真は翌日に撮ることに。少しの相談事を終えて、地元の小集会所に。花田いつ子さんのお通夜に参列です。ゆがし立ての空豆とビールもいただき、健ちゃんのお母さんの思い出に話が広がります。連れ合いの達明さんにガミガミ言われていたとき、犬のしつけで使う「ハウス」の一言で反撃して、その場が大笑いになったという話も。ひょうきんな面ももつ明るさ、達明さんたちの活動を支えてこられた人柄がしのばれました。

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少し苛立ち、反省も

|13年05月30日 |中島 |

  5月30日/曇空の下でも黄色は映えています

29日、水曜日。朝は運動公園で30分の散歩。アジサイがピンクやうすむらさき色に少しずつ染まっていく時期です。ななくさの前を通って事務所に。ちょうど早出のIさんと車で対面でした。

事務所で少しの雑務。成年後見しているYさんの借家の契約解除にかかわる裁判所に提出用の書類も作成して、まずは市役所に。特養との入所契約書などを手渡しコピー。借家の契約解除で発生する敷金返還金額、それがいくらの金額なのか証明をもらってきてほしいと要請されます。

つづいて裁判所に。地下で収入印紙800円を購入。そして5階の家庭裁判所に。用意した書類は受け取ってくれましたが、切手を500円分買ってきてほしい、借家の契約書が必要、などと。もともと役所と裁判所では役割が全く違うのですが、後見制度の活用という点では一人ひとりの人権を基本においてやっていること。被後見人や後見人の立場を考えてやってほしいよな、とボヤキが出てきます。

診療所まで出向きます。時間が少し早かったので、近所の、ここいちばん、で野菜カレーを注文。量も辛さも普通にしたのに、汗をかきかきいただきました。そして、診療所に。所長と事務長から、「みんなの家だんだん」の協力医療機関申し入れにかかわる点で話し合いです。頼んだのはこちらだから頭を下げなくては、と思いますが、呼び出して所長と事務長がそろって言うほどのものなの、とここでも新たなボヤキです。日頃なら、まじめに中味を検討してくれたんだと理解するなど、そんなに気にかからないことかもしれません。こちらの精神状態がよくないようです。

午後、事務所に戻ります。明石さんこの日2度目の来館。革新懇のこと、中心人物の任務にかかわる課題なども。そのあと、「みんなの家だんだん」の改修工事会社Kさん来館、検査にかかわる書類の申請でした。そして、事務所メンバーと共済にかかわる課題の論議。4月に亡くなった被後見人Kさんの最終報告書の作成などに取り掛かります。

7時過ぎ、かるがも、からは利用者さんOさんが自宅を出てから行方わからなかったたが、夕方6時ごろ包括の方が見つけてくれた、などと連絡が入ります。書籍が気になって本屋までひとりで行けたが帰りの道順が分からなくなった、ということのようでした。

この夜、2年前の1月に亡くなった花田の達明さんの相方、いつ子さんの訃報がはいりました。

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みんなの家だんだん、開所・見学会を6月21日に。

|13年05月29日 |中島 |

  ピンク色にも。5月29日、雨の静かな朝のなか

28日、朝、歩いて事務所に。途中コンビニに立ち寄り、牛乳と4人分のサンドを。事務所で、津山からきているFさんともどもいただきます。

この日は県人権連の第1回常任幹事会。その前に、パソコンでアマゾンの書籍を購入手続き。そして支払いに近くのコンビニまで急ぎます。久しぶりの機器の操作、少し戸惑いますが無事完了でした。

常任幹事会を終えて、すぐ三役会議も。年間計画と具体化、組織の抜本的見直しの原案作り、人的配置にかかわる課題、など論議でした。

昼ごはんは、Fさんと西崎食堂へ。お客さんが並んでいる前で秋刀魚を数匹焼いていて煙ったいのです。当方はヒジキ、野菜炒め、梅干し、中ごはん、豚汁をいただきます。カロリーを考えて選んだつもり。一膳飯屋でも結構高くつくね、と。

午後から、「みんなの家だんだん」の開設のための協力医療機関、連携福祉施設、のお願い文書、さらに二つ作成。一つは郵送、もう一つは金ちゃんに持参してみもらいました。そして、NPO法人地域人権みんなの会の2012年度(2012年4月1日から2013年3月31日)の会計監査を受けます。二人の監事さん、詳しく見てもらい監査報告書も作ってもらいました。

この日は、「みんなの家 だんだん」の準備スタッフ会議。その資料を作ります。6時半から、みんなの家ななくさに集合。6人会議でした。開所・見学会を6月21日の金曜日、午後3時から開くことなどを決めていきました。

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「みんなの家だんだん」、岡山市への申請

|13年05月28日 |中島 |

27日、朝はいつもより早く運動公園に。着いてすぐ、携帯電話を忘れていることに気づきます。Uターン、してもう一度公園に。おなかの出っ張り、ひっこめ、という思いをこめて30分ほど歩きました。

事務所に。雑務のあと、前日からの課題を整理。成年後見しているYさんが賃貸している借家の家主さんに電話。契約解除のためには裁判所の決定ももらわなくてはならないのでその書類の準備も。介護保険利用限度額通知書をもらうための手続きについても岡山市介護保険課に相談でした。

10時からセッティングしてくれている保健福祉局事業者指導課に出向きます。N原さんと落ち合い、一緒に訪問。二人の職員の方々が対応してくれて、「小規模多機能ホーム みんなの家 だんだん」の申請を。不備のところなども指摘いただき、差し替えることも少しありますが、基本的には受け付けていただいたことになります。ほっ、とするとともに最後のつめ、きちんとしなければ、と気を引き締めます。

そのあと、岡山市の介護保険課に。電話で聞いていたこと、申請書類をいただき、被後見のYさんの書類などは当方の自宅に届くように書類を提出です。少し遅くなった昼ごはん、一膳飯屋に。親子どんぶり、ご飯少な目、を注文。熱々のご飯、とろっとした卵が何とも言えません。が、後から入ってきた若いお客さんたち3人、遠慮もなく煙草をふかせながら食べたりしゃべったり、気分が悪くなります。当方にもそんな時代があったな、と反省もしてみたり。

午後から、NPOみんなの会の決算書づくり。監査が翌日となっています。なんとか、決算書、損益計算書、財産目録を作り上げます。そして、「みんなの家だんだん」の改修工事を担っていただいているKさんに来館願って最後の工事日程などの調整でした。

夕方、津山から来られたFさんと歩いて西口へ。少し別々の会議・懇談に出て、後で落ち合います。おでんが売りの「ほがらか」で焼酎をもう少しいただいて懇談でした。

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障岡連、記念の第40回総会

|13年05月27日 |中島 |

  障岡連第40回総会、記念講演、白沢仁さん

26日の日曜日。朝はいつもの時間帯に歩いて事務所に。少しの雑務を済ませ、車の中の荷物の整理。そして後見しているYさんのいる小規模多機能施設に。この日は、特別養護老人ホームに入所する日です。

小規模多機能ホームのスタッフの皆さんが荷物などをまとめてくれています。当方の愛車タントに全部載せることができました。日本財団の補助金が対応されたとわかる色合いの大きな車が到着。後ろのドア上に開けて、車いすを載せる盤が自動で降りてきます。Yさんがそれに乗り、スタッフのみなさん見送られ、さよなら、出発です。

約1時間走って特養に。後見人の役割として、施設側から説明を受けて契約書などの作成です。何枚もサインです。Yさん、それなりに落ち着いていて一安心。当方に、CDカセットと田端義夫のCDを買ってきてと要望です。今年入職されたという若い女性の職員の方にそんな話をすると、田端義夫には首をかしげて知らないわ、と。そうなんです、年代が違うと会話が成り立たないこともある、と改めて実感です。

予定より時間がかかりました。午後の集会に走ります。高島公民館近くのうどん屋さんで昼食を済ませ、公民館に。しかし、めざす会議はありません。知り合いに電話して、県立図書館に移動。遅刻でした。

障岡連(障害者の生活と権利をまもる岡山県連絡協議会)の第40回総会です。吉野事務局長から提起された方針、その中の情勢報告、特に高齢者、障害者なども含めた低所得層の人たちの「居場所」がなくなっていること、マスコミの社会保障に対する報道姿勢に問題あり、という点が胸に響きました。

全障協(障害者の生活と権利を守る全国連絡協議会)の事務局長の白沢仁さんが記念講演。まず、これまでの運動に何を学び何を教訓にするのか、という視点から。共同のとりくみで世論と政治を変えてきた経緯を述べながら、その強さ、影響力を確認。同時に、権力側からの分断攻撃のなかで共同を維持していくことの困難さと大切さに触れられます。

「障害者差別禁止法」でなく「障害者差別解消法」にみられる「歯痒さ」、差別の定義がされていない問題などにも触れられていくます。そして、社会保障全体の底上げのなかでこそ障害者施策の改善・拡充があると、結ばれました。

この日、特養から帰りの道沿いの野菜の無人販売店で買った空豆、一袋100円、それを二つ買ったのですが、夕方自宅で豆を袋から取り出し湯がします。新鮮で割安、一日中走り回ったご褒美だ、と自分に語りかけて冷たいビールをいただきました。

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中元さんの出版記念祝賀会

|13年05月26日 |中島 |

  挨拶する、中元輝夫さん

25日の土曜日、朝は久しぶりに後楽園方面に出向いて散歩。民家の庭先のアジサイに薄紫の色が付き始めていました。

散歩を終えて吉野家に。朝定食を。納豆、ねばねばしてしまい、ご飯では食べきれません。やはり当方には、酒のあて、としたほうがよさそうです。

事務所に。少しの雑務。そして、約束の10時半に、N原さん来館。一緒に「小規模多機能ホーム みんなの家・だんだん」の開設の申請書類の最終チェックです。一枚一枚内容を検討してとじていってもらいます。働くスタッフの常勤換算数などでもう一度やり直しなどもあり、昼前までかかりました。

午後から、国際交流センターへ。中元輝夫さんの著書「海に墓標を」の出版と第15回日本自費出版文化賞受賞の記念祝賀会です。呼びかけ人、事務局、の一員になっています。全体で、90人をこえての集会になりました。中元さん、出身の高梁市からご兄弟など身内の方々もご参加されたこと、ことのほか喜ばれていました。息子さんが、父がこんなにたくさんの方々に祝ってもらえるような人だとは思っていなかった、見直した、などとも。生き方を曲げずに筋を通すうえでの身内や家族の中での苦節といえるようなものがうかがわれました。

終えて、2次会。大津から来られた映画監督の島田耕さん、80歳を超えているとは思われない若々しい話、聞かせてもらいました。クラレにおられた桟敷さんの生涯を追いかけて映画化したいと、静かな語り口の中にも熱い情熱を感じます。そんな話が中心になる2次会、中元さんがさらにベトナムに学校建設を呼びかけている生きざまと重なります。

そのあと、中元さんも含めて4人で、奉還町の喫茶店、おんさや、に。やっと、スパゲッティ・ナポリタンをいただき、知り合いのOさんの娘さんとも話ができたのでした。

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