みんなの会 岡山市北区下伊福西町1-53 ● みんなの家ななくさ 岡山市北区西崎本町1-7 ● みんなの家かるがも  岡山市南区浦安本町158

整理整頓です

|22年11月28日 |中島 |

2013/11/26 6:59

27日、日曜日。4時半過ぎに起床。朝風呂で身体を温め身支度です。湯船に入っている時は左肩から上腕にかけての痛みも和らぎます。

新事務所へ。散歩です。高柳方面まで歩き、いったん事務所まで帰りまた西崎食堂まで。中ご飯と味噌汁、焼き鯖のハーフ、白菜の漬物、合わせて550円。卵を摂らない脂肪肝に気を付けた食事です。

新事務所に帰り雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。スタッフさんとの面談、順次行っていること聞かせてもらいます。12月の事業所スタッフ学習会の企画のことも。

みんなの家ななくさのスタッフ、Sさんが来所。12月3日の『八鹿高校事件』学習会への参加申し込みです。同年代だけに、1974年当時はどうされてたんですか、などと話になります。互いにまだ20代の初め、いっぺんに50年近くが過ぎ去った感もするなどと。

カレーの残りを温めて、半分を母親に届けます。こちらもカレーで昼ご飯。

午後、探し物の。机周りと事務所内、整理しなければと黄色いゴミ袋を20リットル、3袋分。探していた雑誌、自治体との話し合いの記録などが出てきました。Fさんに電話して、延期に延期を重ねた釣りクラブの11月例会は欠席です、と連絡を入れます。

出てきた書類などに目を通したり。この日は、7時前に帰宅でした。

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マスコミ、市民劇場、障全協

|22年11月27日 |中島 |

2013/11/25 7:09

25日、金曜日。

いつものように新事務所へ。雑務。県人権連の役員のひとりOさんから電話。この日の山陽新聞4面の記事、尾道市の解放会館へ「差別投書」、というものが掲載されているよ、と。手元に山陽新聞がないので、インターネット検索です。

共同通信社発信で、その内容が掲載されていました。かつてはマッチポンプの事件もみられたりした匿名による事象については、社会問題としてほしい、その意図に乗らないことが大切だとマスコミにも浸透してきていたと思っていたのに、今更ながらの記事、という感がします。水平社100年のこの時期ならではなのか。この日、全国人権連からのメールで西日本新聞の特集、「記者がみた光と影・・・部落差別とたたかう」の一部が送られてきます。

「差別は根強い問題」という視点で「部落問題」に関心を広げようとする動向、いまだに「部落問題」を人権問題の中心としたい人たち、それらに対して迎合するがごとく「全国水平社創立100周年」を契機に、「『部落民』ルーツ」を強調し、部落問題を疑似「民族」的に捉える傾向の報道が続いています。

 

26日、土曜日。後楽園近くを早朝に散歩。それから新事務所に。

みんなの家ななくさの住宅さん、来所。入院している利用者さんたちの状況を聞かせてもらいます。地域住民の課題と「みんなの家」の役割にかかわって、様々な相談活動の拠り所になるように積極提起をしていこう、という話も。

歩いて関西町の「みんなの会館」へ。第17回地域人権運動みかどの会総会です。顔なじみの人たちにご挨拶です。来賓として、森脇さん、田中さんが県政と市政の話も。準備もふくめ、若い人たち(真ん中世代かな)が頑張ってくれていました。

帰ってきて、みんなの家だんだんへ。利用者の浅田さんから「第56回障害者の生活と権利を守るオンライン全国集会・中央行動」の資料集を見せてもらいます。浅田訴訟と同じ65歳で障害者差別するなの課題では、当面する千葉市の「天海訴訟」東京高裁裁判裁判官への要請はがき行動なども提起されていました。

この日は、西大寺市民会館へ。市民劇場の観劇です。劇団民藝による「泰山木の木の下で」です。日色ともゑさんが、ハナ婆さん役。鞆の浦の仙酔島が舞台だろうと言われています。原爆、放射能による予測できぬ身体への影響とその怖さ、正直に吐露できる人間性の回復までの、いろんな場面がつづきます。日色さん、1970年代に部落問題解決に生涯を貫いた先達、岡映(おか・あきら)さんが日本共産党の衆院議員候補となった時代、その時日色さんはまだ30歳前後だったと思いますが、対談相手、司会役などでよく出ておられたこと思い出します。

帰り道、県立図書館へ出向いて5冊返して6冊借りてきます。セルフの貸し出し機を利用していたら、中学生ぐらいの女の子、続いて小学生の男の子がカードの置き方や本のバーコードの確認の位置など優しく教えてくれるのでした。

新事務所に帰ります。途中電話をいただいた小畑先生に連絡を入れます。先日、法人会員さんへ送った、地域人権だより№59、の内容について、地域人権ネット構想にかかわっての進行状況などについて、意見を聞かせてもらったりします。

この日の夕方、視覚障害者友の会の岡崎さんから、午前中に浅田さんから見せてもらった冊子、「第56回障害者の生活と権利を守るオンライン全国集会・中央行動」の資料集が届きました。障害者の生活と権利を守る全国連絡協議会・障全協、すごい組織に発展しているんだと感嘆です。

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再開でした

|22年11月25日 |中島 |

2014/11/21 6:45

24日、木曜日。

新事務所へ。1階のみんなの家だんだんのスタッフさんたち、デイサービスも再開できて笑顔でいっぱい。利用者さんたちも、気持ちよさそうに髪を梳いてもらったり。

事務局の安田さんと打ち合わせ。民主会館へ急ぎます。県人権連の会議。対象は10人、9人が出席です。10月27日の岡山県との話し合った内容を整理しています。さらに話し合うことで合意していることについて、積極的に県の担当者に申し入れること、改めて事務局に提起です。2023年5月7日開催の県水平社創立100周年のつどい、年表の作成、集会冊子などの準備と進展状況の報告も受けます。「岡山県地域人権ネットワーク」構想を12月10日の会議に提案する内容、説明をします。前回の会議の意見より前進あり、という感じ。もう少し整理しなければという思いも強まります。県組織は地域基礎組織、中央本部との関係性をどのようにしていくか、という課題も出てきます。

会議を終えて、津山から来てくれたFさんと西崎食堂へ。小ご飯、鯖の煮込み、豚汁、白菜の漬物で840円。物価高騰はこのお店にも着実に反映していると実感です。

民主会館に帰ってきて、ひと休憩。2時からは県革新懇の代表世話人会議です。全国交流集会に参加した二人からの報告を受けます。「軍事費を削って、暮らし・福祉・教育の充実を」の大運動が求められている、と話し合います。市民に浸透していくためには思い切った広がりをもつ共闘のとりくみ、これが必要ではと思うのでした。

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まさに勤労感謝

|22年11月24日 |中島 |

2013/11/21 8:44

23日、水曜日。勤労感謝の祝日です。

7時間ほどぐっすり眠れた朝、目覚めると雨が降っていました。朝風呂で身支度。新事務所へ。

雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。岡山市高齢者・障害者施設等運営支援金交付要綱の用紙を持参。光熱水費、食料費などへの支援です。そんなに大きくはない金額ですが、今のこの時はありがたいもの。申請の準備をしてみるからと。コロナ感染の遠因もあり、11月、12月のみんなの家の利用登録数も減少、少ししんどい経営状況かな、などと話し合います。

この日は新日本婦人の会岡山支部の結成60周年記念の集いの日。そこに、12月3日開催の「映画・八鹿高校事件の上映と現地からの報告」の学習集会への参加呼びかけのビラを配布してもらうために、連れ合いに来てもらい託けます。

みんなの家だんだんの管理者・佐々木さん、二階の事務所へ上がってきてくれて、この間の報告をしてくれます。コロナ感染が発生したので、デイ(通い)サービスを中断して訪問で対応していることで、利用者さんの生活への影響のことなども聞かせてもらいます。そういう中で感染防止を徹底しながら少しでも利用者さんの為にと奮闘してくれているスタッフさんたちに、大変な仕事、よくやってくれているわ、と改めて思うのです。ようやく、翌日から徐々に再開できる見通しになってきたと喜び合います。

この日は、翌日開催の県人権連三役会議の議案のひとつ、「岡山県地域人権ネットワーク」構想について具体的に文書にしていきます。どういう組み立てにするのか、あれこれ。とりあえず、12月10日開催の会議に提案できるものを、事前に三役で論議するという設定の文書にしていきます。

途中、母親にメバルの煮たもの持参です。料理屋さんで食べると2000円はくだらない、と自慢です。チヌは一匹を捌きます。

8時過ぎに帰宅。9時前にバイトから帰ってきた孫に、サッカーワールドカップのドイツ戦の話に。でも、こちらは睡魔が勝ちます。10時半過ぎには寝床に。

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休みをもらい遠出でした

|22年11月23日 |中島 |

2014/11/24 7:21

20日、日曜日。

いつもより早く、この日は朝陽が射す烏城を見てみようと後楽園あたりを散歩。いつものように新事務所へ。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。この日は一日中事務所で書類などの整理、次の仕事準備の時間を過ごします。

21日、月曜日。

新事務所に。散歩の帰りに西崎食堂で朝ご飯。事務所に帰り雑務。みんなの家だんだんの管理者さんからの電話。この日の早勤のスタッフさんにコロナ感染が、というもの。通い(デイサービス)の再開日と決めていたもの、延期すること、スタッフさんが前日に対応した利用者さんを中心によく体調観察をしてもらうこと、などを話します。自宅に帰ります。従前から約束しているメンバーの車に乗って佐多岬まで。この日はテント生活でした。

22日、火曜日。

西宇和郡伊方町の昔の学校跡地(こうさぎ一年3組)、そこに張ったテントでの浅くて短い睡眠、少し重たい頭のまま起床です。車で川崎市に帰るという人たちを見送って、こちらのメンバー3人の車も帰路へ。バナナ館で甘くておいしい真穴みかんを探してみたり。途中、昔の川内町で年末に「みんなの会館」餅つき用のお米を積み込みます。夕方4時ごろ、自宅まで送ってもらいました。何人かの方たちに、2日間のお休み、無事に帰ってきたよ、と連絡をいれてみます。

 

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だんだん、通所の再開にむけて

|22年11月20日 |中島 |

2017/11/15 11:29

18日、金曜日。

新事務所へ。雑務。歯医者さんに出かけます。先回の左下奥歯のフッ素コーテイング塗布、その効果はどうですか、と聞かれます。滲みるけれど虫歯にはなっていない、とお医者さんが言われるので、引き続きのフッ素塗布をお願いでした。30分は飲食しないで、と言われます。運動公園で短時間の読書。お腹が空いて、カツ丼のお店に。デミカツ丼をいただきます。脂肪肝のこと、ちょっと思い起こしたり。児島線に出て、釣り道具屋さんへ。飛ばし用の電気ウキ、結構なお値段なんです。あれこれ思案して結局はウキ3つと小物などをまとめ買いです。

新事務所に帰ります。みんなの家だんだんの管理者さんと打ち合わせ。訪問しての介護・生活支援でのスタッフさんたちの奮闘ぶり、利用者さんたちの状態を聞かせてもらいます。そして、コロナ感染状態、再確認。利用者さん、スタッフへの拡がりは一応止まったという状態にあると。最後の感染確認からの期間を数えて、感染拡大をさせないという安全性と感染した人たちの健康面、利用者さんたちの個別の生活状態も考慮して対応していくことを話し合います。21日の月曜日から順次、通いも再開していくことに。

 

19日、土曜日。

新事務所へ。7時半からは、三門革新懇の西崎大通りでのスタンディングです。この日は5人の参加でした。

自宅に帰ります。中島青年が、当方の母親を乗せて自宅へ。当方と連れ合いも同乗。津高方面で娘家族の車と落ち合って、山陽高速で姫路方面へ。姫路西インターで降りて姫路市街を東へ走り、市川を越えて播磨国分寺の交差点を南に。山陽本線の踏切で遮断機が下りている時間帯に、ちょうど居合わせた遠戚の高齢女性と車の窓を開けて、久しぶりと話します。そのあとすぐ墓参りです。50歳で亡くなった当方の父親の墓石に線香と花を手向けます。ワンカップも一つ。もう一つの墓所に向かいます。当方の母親の親族が祀られている墓石に花を。

岡山の自宅に4時ごろに帰ってきました。90歳の母親が数年ぶりに墓参りに出かけることができました。ひ孫たちも同行してくれて、孫たちに手を取ってもらい坂道も歩いて行けました。これが最後かも、と本人は言っていたようですが、まだまだ大丈夫です。

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