みんなの会 岡山市北区下伊福西町1-53 ● みんなの家ななくさ 岡山市北区西崎本町1-7 ● みんなの家かるがも  岡山市南区浦安本町158

海岸線を歩きました

|18年05月21日 |中島 |

20日、日曜日。早くから目覚めます。朝風呂、池へのパン投げ、そしてゆっくり新聞を読んでから新事務所へ。

雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。前日に「認知症の人と家族の会」のKさんと話し合えたこと伝えます。6月の3つの事業所合同会議の開催日、一日延ばしたい旨も。みんなの家かるがもの管理者、Sさんにもそのことを伝えます。

民主会館へ出向きます。そして、岡南公民館に歩きます。人権岡山(地域人権運動岡山市連絡会)の総会です。ちょうど来賓のあいさつが終わり帰られる時間帯、活動方針案が田中青年によって提案されていました。新たな役員体制も補強されていました。閉会前には、憲法9条改悪反対の3000万名署名のビデオも観賞です。

新事務所に帰ります。冷凍物で昼ご飯。同じく人権岡山の総会に参加していた住宅さん、来所。総会の感想なども聴かせてもらいます。

3時過ぎて、支度。釣り道具屋さんで青虫を1000円、固定浮き用の浮き留めと3号おもりを買って玉野まで走ります。釣り例会、1週間延びての開催です。当方にとっても40日ぶりの竿だしです。かつて良型メバルを釣った記憶がある、ごろた浜におります。一緒に磯に降りたEさんから彼のポイントを教えてもらい海岸線を長い距離を歩きます。日が暮れても魚の反応、あたりなし。場所を変えても、大きな波に浮きが上下するだけ。途中、成年後見制度で保佐している女性の施設から電話が届きます。補助している男性からもは直接かかってきます。釣りは10時前の船の迎えを待たずにギブアップ。それでも参加賞をもらって自宅に帰ると11時半を過ぎていました。ぶづふつ言いながらビールを一口だけ。夜はぐっすりでした。

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19日宣伝、林友の会総会

|18年05月20日 |中島 |

19日、土曜日。二度寝になってしまい6時に起床、いつものように朝風呂で身支度。池にパンを投げ入れててみます。久しぶりに紅い鯉の姿が見えます。

新事務所へ。少し雑務。7時半前に西崎の大通りへ。三門地域革新懇が呼び掛けた19日定例の安保法制・戦争法の廃止を求めるスタンディング、8人の参加です。

終えて新事務所で3人での懇談。地域の環境のこと、行政対応のこと、町内会の活動のこと、小畑先生の活躍のこと、などなど多方面での話になります。

 

昼にも、スタンディング。関西町の喫茶・ひまわり前に子ども達も来てくれてにぎやかです。マイクを通じて、安倍政権の政治の私物化、憲法改悪反対のとりくみの進展、地域の課題などを訴えます。

1時半開会の、林友の会の総会に向かいます。林病院・ひまわりホールで60人あまりの参加。浅田訴訟のこと、石田弁護士が友の会の会長あいさつのなかにも触れてくれます。障害者の生活と権利を守る岡山県連絡会の吉田会長も控訴審でのたたかいの支援を訴えられました。記念講演は、奈良の社会医療法人平和会理事長の永松孝志さん。「林病院と吉田病院」と題して、精神科医療にかかわる決意のようなもの聞かせてもらいます。

 

終えて、認知症の人と家族の会のKさんと懇談。ひだまりの里病院での接遇委員会のとりくみに感心していて、そのなかでご奮闘されているKさんに、みんなの家スタッフ研修交流会に講師に来てほしい旨を話します。Kさん、その評価がうれしいと述べてくださり、快諾してくれました。その後、林友の会の第1回幹事会に参加。林病院そのものの歴史の学習会が次からの幹事会に組まれたことに感謝でした。

 

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京都往復

|18年05月19日 |中島 |

18日、金曜日。朝、いつものように朝風呂。池にパン投げを済ませて新事務所へ。

雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。介護事業所の6年ごとの更新申請、役所への対応のことなどきいたり話したり。

JR備前三門駅、10時過ぎの桃太郎線に乗って岡山駅へ。駅構内の三省堂で文庫本を一冊買って、ホテルのロビー、駅の待合など涼しいところで短時間の読書。ATMで現金を引き出し、三好野の弁当を買って11時過ぎの新幹線で京都まで。車中で弁当をいただきます。弁当と同時にお茶を買ったのですが、151円を支払ったことになぜ半端な1円が付くのか、ふと考えてみます。将来、消費税の税率が物によってかわることになった場合、持ち帰りかその場所で食べるかなどによってその税率が変わってくる、などと聞いたこと思い出します。今回は人から手渡しで購入することで140円のものに11円の消費税が付いたのかな、自動販売機ならいらないものか、ちいさなことなのに・・・。

京都では全国人権連の会議。6月に開催する大会の諸準備です。終えて、湯葉などを買って帰ります。新幹線に遅れがあり、早く出発するひかりで新大阪まで。そして乗り換えて、岡山駅に。途中、浅田訴訟にかかわる電話連絡が二つ。医療関係者の組合の人たちが浅田訴訟の学習会をしたいが日程はどうですかというもの。そして弁護士さんからは、岡山市からの控訴理由が届いたから、メールで送っているよ、というもの。

新事務所に6時頃かえって、メールから控訴理由書を印刷です。そして浅田訴訟にかかわる連絡です。雨の中の帰り道、退院して3日目の母親宅に。そして「はなだ屋」の大将宅にも顔を覘けてみます。自宅にかえって、湯葉をおかずに、そして「はなだ屋」宅でいただいた空豆を焼いてもらい、軽めのビールでした。

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大森市長、浅田判決は弱者保護の視点 しかし控訴

|18年05月18日 |中島 |

17日、木曜日。朝、いつものように朝風呂で身支度。池にパンを投げ入れてから、新事務所へ。

雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。開設12年を迎えるみんなの家ななくさの更新申請、岡山市に提出するものですが、その内容なども話題に。

9時半過ぎ出発、岡山市役所へ。議会傍聴です。本会議と保健福祉委員会を、の予定でした。浅田訴訟の1審判決に対して、岡山市が市長の専決処分で控訴したことに対する議会質問、共産党の竹永議員が行いました。答弁を通じて、市は「支援法7条の解釈について地裁判決と市の見解が異なる」ことに固執し、サービスを打ち切って浅田さんを文字通り死ぬ寸前まで追い込んだことへの反省も見せませんでした。さらに、今後も浅田さんと同じように支給打ち切りする可能性を、否定しませんでした。大森市長は、今回「浅田裁判」問題で初めて答弁に立ち、地裁判決が「弱者保護に視点を置いた」と認めた上で、控訴したことを正当化しました。はからずも、岡山市が「弱者保護」に視点を置いていないことが明らかになった形です。

明石さん、吉田さんたちととともに保健福祉委員会の開催を待ちましたが、会派での意見調整が長引き、午後からということになり、当方は新事務所へ帰ります。共産党市議団・5人、市民ネット・3人は反対。そして自民党市議団が分裂したこと、公明党市議団が承認しない流れに、という動きが背景にあったようです。夜に聞いた情報では、以下

「浅田裁判」で市が控訴した専決処分承認議案(承第4号)への賛否

結果 自民党

市議団※

自民党

政隆会※

公明党

市議団

おかやま

創政会

市民

ネット

共産党

市議団

委員会 × ×
本会議 ○17 ○6 棄権8 ○1 ×5 ×3 ×5

○賛成 ×反対  (記号の後の数は人数) ※議会中に自民が会派分裂した

でした。

午後、福祉交流プラザ三友で、啓発部会の会議に参加。9月に行う全員協議会に、岡山市人権推進課からの参加をお願いすることを要請。岡山市公共施設マネジメントの上でこの館がどう位置づけられているのか、館のエレベーター設置のこと、国道180号線の都市計画整備事業にかかわる内容についての館たよりをなぜよしとしなかったのか、なども改めて話し合いたい、という旨も伝えてもらいます。

3時過ぎ、県人権連の吉岡事務局長、来所。NPO法人に届いた書類などを持参してくれます。

夕方、岡山駅まで歩きます。翌日のJRの切符を購入。サンステの構内で、この日の夕食のおかずとカレーパンなどを買って、JR桃太郎線で備前三門駅まで帰ってきます。汗がたっぷりかくのでした。

 

 

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NPO法人が介護事業所を開設・運営することについて

|18年05月17日 |中島 |

16日、水曜日。朝、いつものように朝風呂で身支度。パンを池に投げ入れます。やはり大型鯉は見えません。高知城のお堀には、大きな口をあけた鯉がうようよというぐらい泳いでいて、人間を察知すると近寄ってきたな、などとおもいおこします。

新事務所に。雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。利用者さんのことなどを聞かせてもらいます。この日の、みんなの家ななくさとみんなの家だんだんの合同学習会、そのレジメを準備します。柱は、情勢の特徴などについて、事業所の運営にかかわって、NPO法人が介護事業所を開設し運営することについて、今日の到達点に立ち、改めて運営・介護内容を互いに考える、です。情勢には浅田訴訟のことも取り入れます。

10時半過ぎ、成年後見制度で補助している91歳の男性、Fさんのいる施設に走ります。ケアマネさんを呼んでもらうのですが、接遇の学習が必要なんでは、とおもうような対応。同時に、介護職場で働く若い人たちの将来を考えたらならば、ぜひ頑張ってほしいね、と思うのです。Fさんと面談。パンが欲しい、と言われます。そして管理者さんとも面談。訪問看護の女性が二人来られたので退室でした。

やはり成年後見制度で保佐している81歳の女性、Mさんのいる施設に走ります>

途中、バナナと食パンを購入して持参です。それなりに元気そうでほっとします。

チェーン店でない小さな回転ずし屋さんで昼食。もうちょっと茶碗蒸しの量を多くしてほしいな、などと。岡山県民主会館へ走ります。県人権連の事務局のメンバーと個別の話。三門9条の会ニュースの発行、NPO法人の、みんなの家ななくさの岡山市への更新申請のこと、財団法人・岡山県民主教育研究会の評議会の構成、そして決算内容などのこと、それぞれ話し合います。

新事務所に帰ります。2時半から、ななくさ・だんだんの合同学習会。介護する人たちの人間観も介護概論からの例をしめして考えてもらう、その一助に。

終えて、しばし休憩。翌日の岡山市議会で、浅田訴訟のこと、岡山市が控訴したことにかかわることでの議会質問などがある、という情報にたいして対応でした。なぜ、だれが、どのような根拠にもとづいて岡山市の意見として控訴すると決めていったのか、大きな疑問を持っているだけに、議会傍聴してみようということに。

 

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龍馬、健二郎

|18年05月16日 |中島 |

15日、火曜日。高知市内のホテルで早くから目が覚めます。朝風呂で身支度。市内を散策です。はりまや橋、中央公園、高知城あたりを歩き、偶然目の前にあらわれた高知城ホール、ここででよく会議をしたな、と思い出します。大橋通りの魚屋さんたちは早くから店を開ける準備で人々の動きに活気があります。

3人で高知市上町2丁目あたりまで車で移動。山原健二郎資料室を探します。そのすぐ近所に、龍馬ふるさと館があり入館。ボランティアガイドさんの説明を聞かせてもらいます。当時としては背も高く大きな人、近眼なので眼を細めているその顔がいかつく見えるようです。継母のその身内をとおして世界の動向がみえる位置にいたという話も。山原資料室に。1969年の初登院の歌、「南の熱き炎にくらぶれば赤き絨毯色褪せて見ゆ」、小選挙区制で勝ち上がった1996年の「秋月や満天の星きらめきて」の句など、20年の国会議員時代を中心にその活動の原動力、原点を示してくれるような資料を展示してくれていました。

高知道をひた走りますが、タバコ吸いのふたりに休憩も必要。岡山インターから岡山駅でMさんと別れ、新事務所に帰ってきたのが午後3時過ぎ。

道中に連絡あった人たちにおちついての連絡。雑務。少し休憩をして、自宅に帰ったのが7時半ごろ。缶ビール一本だけで眠たくなってしまうのでした。

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