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空飛ぶ車椅子・沖縄への旅 その3、辺野古の闘いと連帯

|19年11月24日 |中島 |

19日、火曜日。「空飛ぶ車椅子・沖縄への旅」の二日目です。

ホテル東横インは朝6時半から朝食。もう並んでいます。岡崎さんたちのグループにはいち早く席を確保してくれたよう。無料なのでパンとコーヒー程度の朝食かと思っていましたが、バイキング形式で白ご飯、炊き込みご飯、お粥などもあり、また珈琲やシークワーサー等の飲み物とパン類もなにかとあって充実しています。食事会場に降りてこないメンバーに電話もいれます。8時出発だから早めにご飯を食べておいて、と。

8時に、前日に引き続き氏平さん、森脇さんの運転でホテルを出発です。安保の見える丘・道の駅かでなに9時過ぎに到着。ここで沖縄平和ネットワークの北上田さんと合流。展望台から戦闘機の飛行、その爆音を実際体感している私たちに、彼は嘉手納基地の近隣に住んでいます、自宅では昼寝中の1歳の坊やが戦闘機の爆音で眼が覚めてしまいます、と。普天間基地だけでなく嘉手納基地の問題、当面、米軍に約束をまもってもらうことを重視して政治が取り組んでほしい、とはなされます。夜間は飛ばないことになっているのに、それが守られていないと、悔しい思いをにじませながら。

10時前、道の駅かでなを出発。沖縄道を走り、宜野座のインターチェンジでおりて辺野古の浜に。ここで、氏平さんがSNSで知り合いになった早坂義郎さんに出迎えてもらいます。辺野古の漁港前の小屋、10年余り前に来た時と様子は違っているようです。しかし、8年の2639日の闘いとそれに連続して5693日の座り込み、という数字が辺野古の住民の平和への思いの強さ、かってになどさせないぞという団結力の強さを示しています。早坂さんは千葉県に住いがあるけれど、辺野古の新基地建設反対名護共同センターに1年間のうち300日は居る、という生活を5年余り続けているといいます。名護市内にアパートを借りての生活のようです。漁港沖は遠浅、この日の天候は曇り、その影響もあるのか、はるか沖合がブルーでした。車椅子の浅田さん、吉田さんにもその浜の段差があるところまで来てもらいます。

そして、平和を守れの思いをそれぞれがしたためた寄せ書きの集まりをみんなでひろげてパチリ。岡山で寄せられた「辺野古新基地反対闘争支援募金」も吉野団長から早坂さんへ手渡します。車椅子の扱いに慣れている森脇さん、吉田さんと一緒にその段差あるところから降りるとき、後ろ向きに倒れそうになってみたり。仲良く楽しんでいるのです。長年の付き合い、信頼感が分厚いと感じたり。

その後、早坂さんに案内してもらい、キャンプシュワブゲート前へ。ちょうど支援者の方々が集会をされていました。岡山から買ってきてもらったきび団子などを差し入れです。その方々がゲート前に移動します。私たちは対面の位置から、工事をやめろ、と唱和です。外国人の男女も座り込んでいます。機動隊隊員が予定していたように座り込みしている人たちを一人ひとり引き抜いていきます。コンクリートミキサーの大きなトラックが次々と到着。長い列を作ります。早坂さんによると、土曜日は支援者が1000人ぐらいが集まってくる、機動隊が退去させるまでに相当の時間がかかるから、土曜日は工事をストップしている、と。県庁の辺野古新基地問題対策課の話で聞いた、埋め立ての砂の投入はいまだ1パーセントしか進んでいない、という背景はこういう取り組みも反映しているのだ、と胸が熱くなるのでした。

早坂さんとお別れして、美ら海水族館へ。遅くなった昼ご飯、バイキングのレストランへ。一人1200円程度。適当に食べ物をとって早めにすませます。そして、水族館へ。障害者手帳を持つ人4人とその介助者4人が無料。残りが1850円×7人で全員入場です。魚は何をみても楽しいもの。その中でちょうど3時にジンベイザメへの餌やり。オキアミを中心に小さく切った餌です。2匹のジンベイザメ、大きいのです。餌を効率よくとらえるために一匹が立ち泳ぎします。水族館の出口から集合場所、レストランの前に到達するまでが大変。道順がわからない人が続出。最後のお一人、Tさんは集まる場所自体を忘れてしまった、と。携帯電話の電源もほぼ切れかかっていたようで電話を掛けられなかった、といいます。どうにか、こちらからの電話には出てくれて居場所を確認して無事に一緒に車まで到達でした。

海中道路で有名な古宇利島へは、参加者の多数から、早く宿に帰りたいという意見が多くて取りやめに。一路、前夜と同じ那覇市内の東横インまではしります。途中、うるま市あたりで、真上をオスプレイが飛んでいます。助手席から2機目は写真におさめることができました。

東横インに着いたのが夕方6時過ぎ。それぞれ組をつくって食事に行ってください、と提案です。コンビニで弁当を買ってすます人たちもいました。浅田さんたちのグループは、5人で組をつくって定食屋さんへ。そこまでは案内します。当方は、もう少しお腹を空かしてからと7時半ごろ、人権連の竹本さんと竹本さんの甥、河原さんたちと5人で多国籍料理のお店で、ビール、焼酎、紹興酒などで沖縄の最後の夜を楽しんだのでした。宿に帰ると、この日も電気とテレビをつけっぱなしでぐっすり朝の4時ごろまで熟睡でした。

 

記事分類 NPO人権みんなの会記録 | コメント 0 »

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