|25年06月11日 |中島 |
10日、火曜日。雨の朝です。4時ごろ起床。朝風呂で身支度。新事務所へ。
雑務。この日までにと約束していた、兵庫県人権連への寄稿文、870字程度にまとめて、メール添付で送信です。
雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。利用者さんで先日亡くなったMさんのこと、聞かせてもらいます。
裁判所へ走ります。入り口で車が渋滞しています。整理している職員さんからは、コインパーキングを利用してほしいと言われ、付近の駐車場を探しますがすべて満車。何回も戻ってきますが11時過ぎにやっと入れました。
仕方ないので、弁護士会館へ。「黒い雨」岡山訴訟(大嶺崇裁判長)の第1回口頭弁論の報告集会を待ちます。
12時10分ほど前から始まった集会。支援する会の里見代表は「日本政府は原爆による内部被ばくを隠蔽してきた。被爆者は差別と偏見を受け、原爆手帳の交付に当たっても厳しい制限と線引きを行ってきた。本件の訴訟では本人の記憶は鮮明であり、訴訟は声をあげられない人を励ますもの。裁判を通して核兵器廃絶を訴えていきたい」と述べました。
岡山被爆者会の廣信会長は「8割以上が戦争を知らない世代であり、平和の願いを次世代につなぎたい。被爆者は2025年7月3日時点で834人、毎年50人から60人が亡くなっている。原爆被害受忍論は到底容認できない。速やかに申請を認めるよう被団協としても求めている」と支援の意思を示しました。
則武弁護士は「裁判長の丁寧な訴訟指揮は原告の主張も求めてくれ、いい印象を持っている。被爆者援護法では手帳の交付に当たって、疾病要件はないにもかかわらず、黒い雨に限っては11の疾病要件をあげている。訴状では当初、疾病要件はすでに罹患されていることから問題にせず、黒い雨に限って争うつもりだったが広島の弁護団から求められて争点にした。原爆手帳が健康管理の意味を持っており、疾病要件を争うことに意味を感じた。雨域について、それを科学的の証明させることは原告に苦痛をもたらすだけ。増田雨域調査でも対象になってなかったのが津田町。広島訴訟団でも雨域はさらに広いと争っている。80年間苦しんだ人を救済できない政府。こんなことで日本の平和は守れない。これは決して他人事ではない。訴訟団の自分以外の2名は広島出身であり、弁護団の構成にも意味を持たせた」と述べました。
島田弁護士は「本人とも会って話をした。提訴集会で陳述を希望されていただけに残念だ。広島で繋がっている。学生の時に平和学習に参加した。原告に80年前の客観的な証拠を求められても無理だ。救済すべき事案だ」と話しました。
中村弁護士は「岡山に来て2年。訴訟の争点は『黒い雨』が降ったかどうか。被爆者援護法27条1項でいう『疾病』に罹患しているかどうかだが、実際には降雨に集約される。降雨に関する論文は3つあるが、それ以外の降雨地域でも黒い雨が降ったと主張されている。原告は実際に遭っている。被告は『黒い雨』にあった事実が認められないとしているが、どのような事実認定をしたのか?どんな理由で原告の申請を却下したのか?具体的な内容が示されていない」と主張しました。
広島弁護団の竹森弁護士は「84名が9月に提訴した。41名は津田町の被爆者であり、岡山の原告を知っている人もいる。津田町が降雨について調査がされていない地区。アンケート用紙さえ配布されなかった。広島の訴訟は7回の弁論期日を終え、5月13日に総論的な主張がされ、10月7日には個人の主張を準備中。現在、地図に被爆地点を落とし込んでいる」と弁論の状況を説明しました。広島の事務局長、小山さんは「岡山は若い世代の支援者もいて励まされる。岡山に学びたい」と述べ、演劇「PICA」の紹介をされました。
次回は8月19日の予定です。
終えて、県立図書館へ。それから民主会館へ。妹尾青年から「かるがもスタッフ急募」のチラシを受け取り、革新懇の事務局長に託けて、南区の赤旗新聞に折込でもらうため、届けてもらうようお願いでした。
新事務所にいったん帰ります。まず母親に食料を届けます。駅西口の駐車場へ。家庭用の食料を買い出し、サンステ北店の丸善で本を探します。
新事務所に帰り、しばし休憩。8時ころ帰宅でした。
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|25年06月10日 |中島 |

2013/ 6/ 9 7:44
9日、月曜日。いつものように新事務所へ。この日も5時間足らずの睡眠。もう一時間ほしいところ。
雑務。事務局の安田さんに、3つの事業所スタッフさん対象の6月賞与額一覧表のコピーを受け取ってもらいます。兵庫人権連の機関紙への投稿記事、1100字ほどでひとまず作ります。850字にまとめるのは翌日の朝にしようと。みんなの家かるがもとやり取りしている「スタッフ募集」のチラシ、民主会館の妹尾青年に転送して、よりよいものにしてもらいます。折り込み先に問い合わせて、合わせて700枚ほどの印刷、翌日でよいのでと、これも妹尾青年にお願いでした。
革新懇の事務所を覘いて事務局長と短時間の会話。前日のおかやまいっぽんの政策学習会のことなど話題です。
大野辻のコープに走り、野菜などを買ってきます。冷凍しているそずり肉を使って野菜たっぷりの鍋に。ちょっと薄めの出汁をおかずにお昼ご飯です。
午後も事務仕事。3時半のJR吉備線で岡山駅へ。歩いてピアリティまきびへ。4時に昔の卓球仲間が集まります。その仲間の友人のやはり教員をしていた人にも、久しぶりと。「同和教育」担当だったのでよく集会に参加したよ、と懐かしんで話していました。4人の仲間は歩いて駅前のお店に。もうおひとりの女性も参加して5人、ウエダ、カジノ、オオタ、カイハラと当方で夕食会でした。昨年7月に亡くなった同級生、タブチ君の思い出、それよりもっと前に亡くなった、カワバタ、オダ、マツザワの皆さんのことも懐かしく思い出すのでした。この秋には、各地に散りばっている同級生メンバーの同期会を行うことも確認でした。後期高齢者の仲間入りのこの一年、みんなも何かと懐かしくなるのです。
別れづらくてカラオケに。4人で昭和の古い歌をそれぞれ歌います。最後は、高校三年生など舟木一夫特集。「初恋」を歌ってくれた女性はなかなか上手なんです。
この日、兵庫県県北の2024年米を1キロずつ袋に入れてみんなに持参してくれたこともあり、農政と自民党の問題も話題になったり。学生運動最中の1969年入学のメンバーだけに、政治的な話題でも反応は素早いものがありました。
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|25年06月9日 |中島 |

2016/ 6/ 6 7:12
8日、日曜日。
いつもより早く新事務所へ。雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。みんなの家の事業所、3つが順調に活動できることにかかわって相談です。近い将来のことも考えて、この方にはぜひとも頑張ってもらえないだろうか、などと話し合います。釣り仲間のさんに、例会は欠席ですと連絡。
午後から、ズームで会議に参加。おかやまいっぽんの学習会です。
共同代表の榊原さんから報告と問題提起。◇集団的自衛権―安保法制、◇敵基地攻撃能力(反撃能力)―安保三文書、◇防衛費倍増、◇台湾有事、◇日本国憲法に基づく安全保障政策にかかる内容です。
以下、資料です。
2024年年衆議院総選挙にあたって、おかやまいっぽんが提案し、立憲民主党、共産党、社民党が合意した「共通政策」の第1項目は以下の通りです。
1 憲法に基づく総合的な安全保障をめざす
・憲法九条への自衛隊明記、緊急事態条項の導入など憲法改悪に反対する.集団的自衛権行使容認、敵基地攻撃能力保持の閣議決定を撤回し、立憲主義を回復し、専守防衛を堅持する.
・平和憲法の精神に基づき、総合的な安全保障の手段を追求し、アジアにおける平和の創出のためにあらゆる外交努力を行う。
・核兵器禁止条約の批准をめざし、まずは締約国会議へのオブザーバー参加に向け努力する。
・地元合意もなく、環境を破壊する沖縄辺野古での新基地建設を中止する。
終えて、かるがもスタッフ募集のチラシを作ります。そのことにかかわって諸連絡です。
みんなの家ななくさの住宅さんからは、救急車で病院に運ばれ利用者さんの訃報が届きます。合掌です。
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|25年06月8日 |中島 |

2014/ 6/ 7 12:08
7日、土曜日。朝4時過ぎに起床。朝風呂で身支度。木村のパン屋さんでサンドイッチなどを手に入れて運動公園へ。20分足らずの散歩。空気、朝の冷気が気持ちよい季節は過ぎていて、ちょっと蒸し暑さを感じます。
新事務所へ。雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。介護報酬にかかわって国保連請求の事務的手続きのこと、その正確性を担保していくための話し合いです。
関西町の「みんなの会館」へ車を置かせてもらい、ポン友宅へ。7回忌でした。達明さんといつこお母さんの供養も。手を合わせて焼香です。時は移ろっていく、うーん、という感じになります。
岡山駅西口へ。列車に乗って読書、街中は散歩のつもりであちこち、そんな時間の確保でした。15000歩あまり歩いていました。
4時前に新事務所に帰ります。3つのみんなの家事業所スタッフさんたちの6月賞与の計算に。予算的には550万円。時給対象のスタッフさん、12月から今年5月までの労働時間を基本に計算していきます。正規スタッフさんは基本給の一か月分です。
夕方、みんなの家ななくさの住宅さん、みんなの家だんだんの佐々木さん、来所。体調不良で休んでいるスタッフさんの回復状況、これから入院を予定しているスタッフさんのことなどの報告を受けたり。
6時半からズームで会議に参加。東京都議選に支援に出かけている人のことなども聞かせてもらいます。7月は参院選挙。いい意味での地殻変動はないものかと思いながらも、結局は風をふかし動かさなくては、と。
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|25年06月7日 |中島 |

2015/ 6/ 8 11:27
6日、金曜日。いつもより早く新事務所へ。
地域人権だよりの№69を完成させて、メール添付で民主会館の事務局に送付です。出来たらレイアウトなどもより良いものに、とお願いです。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。事務局の安田さんと、5月分の介護報酬の国保連への請求事務の打ち合わせをしていました。
民主会館へ。岡山市の都市整備局道路部道路計画課の方たちお二人が来館。地域人権みかどの会の役員に「都市計画道路 米倉津島線(万成工区)測量業務について」説明をされる場に参加です。都市計画変更手続きがまだ続いている中で、今年度は基準点測量、次年度は路線測量等を、2028年度あたりから買収手続きに入れたら、という話でした。この工区間で180人の地権者がおられて、その進展は今後相当な話し合いの時間が必要ではないかと思われます。関西高校前踏切の課題にも話は及び、住民の要望を一定伝えることになりました。
スーパーニシナで買い物をして、いったん事務所に帰ります。
午後、再び民主会館へ。全国人権連の会議です。岡山二人と名古屋、松阪、明石からこの会場へ。その他はズーム参加。全国大会、全国研究集会などの具体化にむけて話し合います。法をめぐる動向には、情勢の複雑化が反映されていて慎重な対応が必要だということと合わせ、学習懇談を積み重ねて組織的見解・声明を打ち出す時期の検討も必要ではないか、などと。
4時過ぎに新事務所に帰ります。介護報酬の国保連請求で一部心配なこともあるという話をきき、そのこと自体を当事者に知ってもらうよう、連絡してもらいます。
ポン友の7回忌が翌日に行われるので、お供え物探しに車を走らせます。6時半ころに新事務所に帰ります。6月賞与計算のもとになるスタッフさんの半年間の労働時間数を計算してくれた表が準備されていました。
8時前に帰宅です。
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|25年06月6日 |中島 |

2015/ 6/ 4 13:12
5日、木曜日。4時起床。6時間足らずの睡眠で、まずまず。朝風呂で身支度。いつものように新事務所へ。
雑務。地域人権だより№69の作成にかかります。冷凍庫に保存している、津山で買ってきてもらったそずり肉で鍋を作り置き。
高島屋地下の食料品売り場て買い物。天ざるで昼食。県立図書館へ走り、しばし読書。県庁へ。民主県政をつくるみんなの会の申し入れです。7人が参加し、3階の会議室で知事室長さんが対応してくれました。申し入れ文書を読み上げ、知事に説明責任を果たすよう要請しました。知事へ申し入れ文2025年6月5日
帰り道、母親に食料を届けて新事務所に帰ります。
雑務。朝とりかかった作業、引き続いて地域人権だよりを。成年後見活動も最後に保佐したMさんの相続にかかわって、お世話になった養護老人ホームの相談員さんからの情報を確認です。
7時半過ぎに帰宅でした。
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