|17年11月26日 |中島 |
25日、土曜日。朝、池にパンを投げ入れてから歩いて新事務所に。毎日、我が家近所までウォーキングしている男性の背中を追いかけての歩きになります。
雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。この朝業者さんから連絡があつたゴミステーションの設置のことなど話します。
民主会館へ歩きます。若者と学ぶ人権学習会、今年度第3回目の開催です。10人の参加です。
小畑隆資先生から、「第4次岡山県人権政策推進指針」批判の基本的視点、と題して大きくは二つ、1.これまでの取り組まと今回のこの日の学習会の課題、2.「指針」への批判と提言、に分けて組み立ててくれます。そのなかで、この間の情勢と動きにかかわって、
〇10月22日の総選挙の結果を 中間保守政党の混迷、希望の党(9月25日)→民進党、希望の党への合流を決定(9月28日)→立憲民主党(10月2日) そして「改憲政党」VS「立憲政党」(「改憲政治」VS「立憲政治」)の政治的構図の成立
〇岡山市市民協働局人権推進課主催の「人権教育及び人権啓発に関する基本計画」改訂に向けたワークショップへの若者3人の参加
〇第13回地域人権問題全国研究集会 第2分科会「いまなぜ『部落差別解消法』か」への岡山市段階でのとりくみの田中青年報告
〇「2017年度 県民の人権と福祉にかかわる要求書(岡山県地域人権運動連絡協議会)に対する回答書」(11月13日)のもつ課題
と柱づけとその概要を示してくれます。
続いて、青年から、岡山市のワークショップに参加したその報告(妹尾青年)、研究集会での報告内容(田中青年)、県要求書と回答について(中島青年)がそれぞれ10数分ずつ報告。
その後、ワークショップ自体が市民間での意見交換を主にしているものであり、地方政府などへの意見を反映させていく手法とはいえない、議題設定自体を握ることが会議全体をリードすることになるのであり、今回は岡山市が意図的に市への意見が直接通らない形態を企図したのではないか、という話に。また、岡山市の人権教育及び啓発基本計画と法律としての人権教育啓発推進法、県の人権政策推進指針、その性格と内容なども関連しての論議に。特に、意識調査を根拠に人権分野別課題を提起していくやり方、その調査内容、部落問題自体の捉え方などに話は広がります。
岡山県地域人権問題研究集会の第1分科会「地域と人権」で、若者たちがかかわってその基調報告も準備できるようにすすめていくことが確認されました。また、国連人権委員会が日本政府に勧告している内容について検討していくなかで、人権と地域を土台とする運動、政治などのかくりつの必要性も検討課題として提案され、今回は閉会でした。
午後、小規模多機能みんなの家が、看取り段階でお世話になっている訪問看護ステーションと医院にごあいさつの同行でした。
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|17年11月25日 |中島 |
23日、木曜日。勤労感謝の日の祝日。いつものように朝風呂で身支度。パンを池に投げ入れ、新事務所へ。
前日入院となった、成年後見制度で補助しているFさん、その病院から一般病棟に変わりました、と連絡が。ほっと、です。
数日前、奉還町商店街の一刻堂で買った古本、2007年発行ですが、ノーベル賞作家のカズオ・イシグロさん原作の映画「日の名残り」を絶賛している文章に遭遇。街に出て、文庫本の「日の名残り」を探し当てます。
24日、金曜日。朝、いつものようにパンを池に投げ入れて20羽近くになった鴨たちを喜ばせます。
新事務所に。雑務。事務局の安田さんと朝の打ち合わせを簡単に。
国立病院へ走ります。ナースステーションにいる看護師さんに、成年後見制度で補助しているFさんの部屋を聞くと、通りがかった看護師さんがニコニコ顔で先に教えてくれます。よく喋る人でしょうとこちらが声をかけると、笑いながら頷くのです。Fさんの病室に出向いて、保険証書を預かり、入院申し込み用紙、これには申込人、身元引受人、連帯保証人など、すべて当方の名を記入したものですが、総合受付の中の入院の窓口に出向きます。
Fさんの部屋に戻り、少し様子を聞かせてもらいます。まあ、よく喋るのです。元気そうに見えるのです。男性看護師さんが来られて、飲み込んだカプセルの検査にいきましょう、と。当方、また、来るからと退室です。
午後、税理士事務所のKさん、来所。小規模多機能居宅介護事業所、みんなの家の3つの事業所会計、そのチェック、10月分です。そして、早くも決算見通しなども立ててくれます。スタッフさんたちの年末調整の用紙、安田さんからKさんに手渡しです。
県人権連の吉岡事務局長、来所。事務局で論議してもらうべき課題など整理です。
夕方、連れ合いの車でシネマクレールへ。この日が、「米軍がもっとも恐れた男・・その名はカメジロウ」の最後の上映日。ロビーでは知り合いの方々数人に。瀬長亀次郎さんの生涯をとおした、沖縄の平和と民主主義確立へのたたかい、まさに「不屈」という姿勢が今のオール沖縄につながっている、と感じる映画でした。
遅くなった夕食は、お好み焼き屋さんで焼きそばとモダン焼きを半分ずつ。ビールは生中を一杯だけ。休肝日でした。
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|17年11月23日 |中島 |
22日、水曜日。朝、まだ暗いなか池に向けてパンを投げ入れます。ぐっわ、ぐっわという鴨の啼く声が一斉に。
新事務所に。雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。体調はどうなの、利用者さんは、などと話します。
成年後見制度で保佐している81歳の女性、Mさんの居る施設に走ります。相談員の方と面談、預貯金額と年金収入、それからして引き続きこの施設で生活できる条件などを話し合います。まずは了解してもらい、一安心です。
新事務所に帰る途中、成年後見制度で補助している89歳の男性の施設のケアマネから電話がとどきます。Fさんが入院する、その病院に連れて行ってくれないか、というもの。病院へ同行することそれはその施設が行うことでしょう、入院となった場合の手続きは私がします、と返答します。
午後、民主会館へ。県革新懇の代表委員会議。18日に全国交流集会に参加したその感想を述べて終えた途端、補助しているFさんの施設から電話。今度は看護師さんから。国立病院へ行きます、よろしく、という内容。あわてて、Fさん関係の書類を新事務所に取りに帰り、国立病院へはしります。当方の到着から少し遅れてきたFさんと看護師さん、Fさんは検査、看護師さんは当方と一緒に待機です。
検査にも時間がかかります。途中看護師さんには帰っていただきます。入院手続き、書面、何枚かの同意書も含めてサイン、などが続きます。6時半を回ってやっと帰れることに。Fさんのいる施設関係者の方々とのやり取り、少し疲れました。みんなの家ななくさのような対応をしてくれるホームならFさんにとってもいいのにね、とふと思うのです。この日、革新懇会議の途中退席だけでなく、ふたつの会議、そして一緒に行く約束の、米軍が最もおそれた男・その名はカメジロウの観賞もキャンセル、ふー、とため息も出るのです。
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|17年11月22日 |中島 |
21日、火曜日。朝、歩いて新事務所に。途中、柴犬2匹を散歩させている御嬢さんに。リードが伸びて元気よくが寄ってきます。右手の甲を口に。少しだけ舐めてくれました。
新事務所で雑務。研修に対する助成金の書類で研修してくれている医療生協の担当の方とやりとり、そして、成年後見で保佐しているMさんのいる施設の担当者さんとも。事務局の安田さんと打ち合わせ。
岡山医療生協の介護部門のある市内の倉田へ走ります。書類を手渡し。
昼ご飯、昔のインデイラ仕込みのえび飯をいただけるオランダ通りのお店に。
午後、裁判所に。広島高裁岡山支部での山口雪子さんの控訴審第1回口頭弁論、その傍聴です。
山口雪子さんを支える会の事務局長、重田雅敏さんから、傍聴の呼びかけが届いていました。
「岡山短期大学準教授の山口雪子さんの広島高等裁判所岡山支部での控訴審では、裁判所の勧告の下、教壇復帰の道筋を開こうと和解協議が検討されました。しかしながら、被告側の岡山短期大学原田博史学長兼理事長は、全く和解に応ずる意思がなく、裁判所から求められた事項について応じた様子もなく、ただ、教壇復帰はさせないと頑なに拒み続け、結果、和解協議は断念せざるを得ませんでした。 「見えないから授業はできない」「障害者には授業はさせない」「視力がないのだから教員としての能力はない」「単なるクレーマーだ」などというような裏付けのない岡山短期大学側の一方的な主張が、裁判でまかり通ってしまえば、共生社会も、多様な人たちが活躍できる社会も、決して実現できません。私たちは、ただただ基本的人権、人としての尊厳を回復したい…そのための法の下の平等、公平な社会、合理的配慮を求めているだけです。」
201号法廷は記者席も含めて40数人、満席でした。法廷では、山口さんの弁護団と岡山短期大学がわの弁護士、そして3人の裁判官の間で進行協議のやり取り。2月1日午後3時からの期日が決定され、それが結審になるか、という流れでした。約15分。
弁護士会館へ移動して、報告集会。
司会の岡崎起恵子さんの開会あいさつで始まり、参加者の一言発言の後、水谷賢弁護士さんからこの日の法廷内でのやり取りについて説明報告。山口雪子さんが、争いは嫌いな自分だが、自分らしく生きたいということを示すことが学生にとっても、また心配と期待を織り交ぜながら見守ってくれている両親にも大切なことだと言い聞かせながら取り組んでいます。当初は少しうつ状態にもなったけれど今はとても元気、こんな思いをするのは私一人で十分、障害があっても自分の能力を活かして頑張っていける社会を・・、と話されました。参加者は逆に励まされたような感動的な話でした。控訴審、朝日新聞
終えて、新事務所に。遅くまで頑張ってくれている事務局の安田さんとこの日裁判所で出会った人のことなども話題に話します。
7時過ぎに帰宅。おでんで、少しのビールと少しの清酒の夕食でした。
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|17年11月21日 |中島 |
20日、月曜日。よく眠れた朝でした。朝風呂などで身支度のあと、まだ暗い池にパンを投げ入れます。鴨が10数羽が待機しています。
新事務所に。雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。彼女の新たな齢を重ねた日、珈琲をおとしておめでとうです。事務局の安田さんも含めて、年末調整関連書類を集めることなど今週の予定を確認。
政策金融公庫へ走ります。途中の魚屋さん、万代さんにたちよります。いいブリじゃなー、と声をかけたら、大将さっそく値段を言って調理に。1尾の1/4だけ刺身にしてもらいます。コインパーキングに停めて少し歩いて太陽生命ビル内の7階、金融公庫へ。短時間で手続き完了。二十四日には振り込まれます、返済金の明細も届きますから、と。
刺身を我が家と母親にも届けて、新事務所にも持ち帰ります。商工団体連合会の事務所に立ち寄り、今月の清酒を持ち帰りです。スーパーで大根などを買ってきて、寄せ鍋。そずり肉、と野菜、それに刺身用のぶりも少し。いい味の出汁になります。
午後、三つの事業所を含めたパンフの準備会議。みんなの家ななくさの男性二人が頑張ってくれてほぼ完成の域に。あとは写真などの工夫です。
夕方、歩いて岡山駅西口方面へ。かつての医療生協駅元診療所でまちあわせ。今はにじいろ薬局が入るコムコム会館別館と言っているようですが、そこに小さな碑が。「民と医ここに立つ一歩 理 1951年7月」と。
お店に入って、小規模多機能・みんなの家ホームの説明をします。気持ち良い話し合いになりました。
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|17年11月20日 |中島 |
19日、日曜日。朝、起こされるまでぐっすり。6時を過ぎていました。
あわてて、朝風呂などで身支度。新事務所に。7時半からの、安保法制の廃止にむけたスタンディングです。この日は、朝だけやります、という呼びかけ。10人が参加してくれました。
終えて、我が家の同じ町内に住むKさんと珈琲タイム。山陽新聞をよんでいて地域人権問題全国研究集会がけいさいされていたね、などと。何か運動で要請があったら声かけて、という思いが伝わってきます。
みんなの家ななくさの住宅さん、来所。彼女の孫たちの発表会のようすなど聞かせてもらいます。民医連関係で彼女が発表するその内容、相談です。民主会館へ歩きます。届いている書類などを持ち帰ります。
この3日間、集会資料やいただいた書類などの整理。今年の7月、第8回国連高齢化に関する会議報告書、日本高齢期運動サポートセンターの代表団の一員として参加してきた島根の清水さんにいただいたもの、目をとおします。国連、ニューヨーク、なつかしいね、と1990年頃出向いたこと思い起します。
事務所でスバゲテイをゆがし適当なソースをかけて昼ご飯。そうはうまくいかないものです。明石さん、来所。革新懇ニュースを配ってくれています。珈琲をおとして短時間の懇談です。
午後、前日退院したと聞いていた、ぽん友の自宅に歩きます。風が冷たいのです。病院のスタッフさんたちの患者さんへの対応、スタッフさんたち働く条件など置かれている状況などが話題になります。
夕方、車を走らせ、翌日からの食材の素などを購入でした。
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