|19年05月29日 |中島 |

2016/ 5/27 6:19
28日、火曜日。朝、早く目覚めます。前日の夕方から腰痛がきつくなり、夜に痛み止めを少し多めに服薬したのに、その効果が顕われていない感じ。
お粥で朝ごはん。痛み止めを服薬。しばし様子を見ます。9時半過ぎに、少し回復かな、それでは行かなくてはと決断、10時過ぎに出発。岡山市の立体駐車場、6階に車を停めます。そこから、保健福祉会館へ歩くの難儀します。こんな姿見られたくないなぁという感じ。
10時半に保健福祉会館ロビーに集合して、11時から、浅田達雄さん、浅田さんを支援する会、訴訟弁護団など浅田訴訟原告団と岡山市との話し合いです。昨年12月18日に岡山市が上告を断念したことを受けて、原告団から2019年1月25日に要望していた内容にかかわっての話し合いです。
要望内容は、
1、岡山市による違法な処分により被った精神的苦痛に対し、原告にこれを謝罪すること
2、岡山地裁判決及び広島高等裁判所岡山支部による各判決の趣旨を岡山市担当職員に周知徹底すること、
3、国(厚労省)からの障害者施策に関する通達等の趣旨を正確に理解したうえで福祉行政にあたること。いまだ、介護保険負担上限分の15,000円は、一定の条件のもとに福祉より昨年4月より償還されることになっているが、いまだ実施していない。
以上3点を文章で回答及び話し合いの場を求めます。
これに対して、3月29日付で文書回答が届いています。
【1、および2、の回答】3月4日に議場において、「結果として福祉サービスが受けられない期間が生じたことに対しては、もう少し柔軟な対応ができたのではないかという思いはあり、申し訳なく思っています。」との答弁をしたところです。関係職員に対しては、制度等を周知してまいります。
昨日の話し合いでも、岡山市保健福祉局障害・生活福祉部長の山本忠司さんたちは、文書回答の内容を繰り返していました。特に、福祉サービスを受けられない期間を生じさせたことに大いに反省している、というもの。しかし、浅田さんへの直接の謝罪を求めたことに対して、これには直接的な回答はせず、議会で市長が謝罪したから、ということを強調します。しかし、もう少し柔軟な対応というレベルではなく、公的機関としては、決してあってはならない事態を生じさせた責任、それに対して直接の被害者に責任者が謝罪する、これを求めることは当然ではないか、なぜ直接謝罪しないのか、という話にまた戻ります。
弁護士さんたちは、議会で大森市長が「もう少し柔軟な対応ができたのではないか・・・」と述べたことに対して、裁判では岡山市は「柔軟な対応ではできない」としてきたのに、いつから市長は柔軟な対応の方針に切り替えたのか、と問いかけます。
浅田さんへの高額障害福祉サービス等給付費支給決定通知書、その額が一か月15,000円でなく、12700円程度になっている状況はどういう理由なのか、岡山市内において「障害福祉サービスと介護保険サービスとの併給状況、2019年3月31日現在」の調査、再度話し合う場の設定などを求めて、この日の話し合いを終えました。
記事分類 NPO人権みんなの会記録 | コメント 0 »
|19年05月28日 |中島 |

2011/05/25 06:20
27日、月曜日。目が早く覚めます。
身体が、まだ駄目ですよ、という声を挙げています。無理しない方が良いよ、と津山のFさんから電話も届きます。午前中は自宅で過ごします。朝、昼のご飯はやはりお粥さん。
午後、新事務所に。入院前から約束していた、民主会館での話し合い、そのために早く退院したのだから、という思いで頑張って向かいます。一般財団法人・岡山県民主教育研究会から発行する人権ブックレットについて、その最終校正されたものを前にして、著者の小畑隆資先生、そして吉岡事務局長と3人で、印刷部数、頒価などを相談していきます。また、そのブックレットを使っての学習会、青年学習会、県人権指針に関わる学習会、なども組み立てていくことなども。
明石さんも途中から参加され、安倍首相とトランプ大統領の関係、度を過ぎたへつらい、見るに見かねる、などと話も現実の政治に。
新事務所に帰ります。届いているメールなどに対応です。
記事分類 NPO人権みんなの会記録 | コメント 0 »
|19年05月28日 |中島 |
5月23日、木曜日。朝早く新事務所へ。部屋を少し片づけて雑務。自宅に帰り、協立病院へ、連れ合いの車で走ります。9時までに来るように言われていました。母親に心配しないでと連絡。中島青年がどうなん、という感じで来室。その日の夜は浣腸もされ、医師に手術する箇所にマジックでしるしをつけられます。
24日、朝9時から、鼠径ヘルニアの手術。脊柱管狭窄症を持つ身なので、全身麻酔。目が覚めると午後1時過ぎ。娘がせっかく来てくれたのに、下腹部が苦しく一人ぶつぶつ文句ばかり出ていました。夜に、尿道に入れられていた管を抜いてもらいます。なんと気持ちのわるいこと。
25日は、22日に葬儀を終えたばかり、花田健吾さんの相方さん、息子さんがお見舞いにきてくれました。
26日の日曜日、朝10時半過ぎに退院、連れ合いの車で自宅に帰ります。主治医のI先生にありがとうございましたとあいさつ、反対に仕事に頑張ってくださいよ、と激励をいただきました。
自宅にかえっても下痢症状が治りません。食事はお粥さんを要求して作ってもらいます。
記事分類 NPO人権みんなの会記録 | コメント 0 »
|19年05月23日 |中島 |

2015/ 5/23 6:00
5月21日、火曜日。朝、新事務所へ。
雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。ポン友、花田健吾さんの葬儀などのこと話します。
成年後見制度で保佐している83歳の女性、Mさんのいる養護老人ホームへ走ります。前日、施設の方から「1万円持ってきてほしい、と言われてます」との伝言。クリーニングしたセーターやこれから必要な布団敷きなどと現金を持って訪問です。まずは体調など変わりないことを話し合う中で確認、笑顔もみて帰ります。玄関まで出てきてくれて手を振って見送ってくれました。
午後、花田邸に。棺におさめられているポン友に線香を。そして、相方の千春さんといただいた弔電などに目をとおします。
夕方、関西町の集会所へ。花田健吾さんのお通夜です。大勢の人がお悔やみに来てくれていました。残って、久しぶりに会う知人・友人と遅くまで懇談です。
5月22日、水曜日。朝、歩いて新事務所へ向かいます。途中から、犬と散歩している我が町内会の会長さんと合流。ポン友のお通夜とこの日のお葬式のこと、何かと話に。
雑務。9時半過ぎに、歩いて関西町の集会所へ。集会所で夜を明かしたという青年たちがまた会場の準備をしてくれています。
12時からの会葬。お経の中途に、「お別れのことば」の時間をいただきました。どうしても声がつまり涙声に。あつい涙が大きく膨らみ両目からこぼれてしまうのです。相方の千春さんの、地域好きだったんです、そして地域をこよなく愛した夫でした、というあいさつにまた胸が詰まります。白い車に乗せてもらい東山斎場まで出向きます。炉に入ってから1時間半でお骨になります。
集会所に帰ってきたのが4時過ぎ。帰ってきたお骨に線香を手向けて歩いて新事務所に。事務局の安田さんに少し報告。着替えて、もう一度集会所へ。改めてこの一日、そしてポン友とやってきたことなどを振り返るのでした。
記事分類 NPO人権みんなの会記録 | コメント 0 »
|19年05月21日 |中島 |
20日、月曜日。早朝から目が覚めます。4時半過ぎに起床して、朝風呂。風呂から出るタイミングで、我がポン友、花田健吾さんの危篤、の知らせ。
急いで協立病院へ。救急の入り口から入れてもらい、ポン友の部屋へ。連れ合いの千春さん、息子さんの花田青年が・・・。医師と看護師さんお二人が来られてが6時11分に死亡確認です、と。まだ温かい手を握って、よく頑張ったよな、という思いを伝えます。病院からメールで、関係者に連絡です。
新事務所に帰ります。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。この朝の様子を伝えます。
県人権連の吉岡事務局長、田中青年のふたりが、来所。健ちゃんの今朝の様子を伝え、この日の諸連絡、諸準備の下打ち合わせです。訃報を気が付く範囲、連絡です。
11時過ぎに花田邸へ。町内会関係の人たちも来てくれています。葬儀会社の黒い輸送車に乗った健ちゃんが帰ってきます。葬儀会社の方との打ち合わせに、ご家族とともに田中青年と一緒に参加です。
お通夜 5月21日(火)午後6時
お葬式 5月22日(水)正午から午後1時
どちらも、岡山市北区関西町7の集会所 喪主は花田千春さん
となりました。
我がとも、花田健吾さん。町内会長、人権連の支部と岡山市の責任者、そしてNPO法人地域人権みんなの会の理事など、闘病生活のなかでもいつも前を向いて務めてくれていました。
記事分類 NPO人権みんなの会記録 | コメント 0 »
|19年05月20日 |中島 |
19日、日曜日。連れ合いの車で早朝の配りものを終えて、前夜置きっぱなしにしたタント、新事務所までとりにいきます。朝風呂で身支度。再び新事務所へ。
雑務。19日なので「安全保障関連法・戦争法」を廃止させようと、7時半から三門地域革新懇によるいつもの西崎の大通りでスタンディング。6人の参加。終えて、8時半から関西町の喫茶・ひまわり前でもスタンディング。10人の参加です。終えて、地元町内会長と立ち話。太陽光パネルの設置にかかわり崩落防止の具体的工法のことなどです。関西町の副町内会長のKさんさんともばったり。ポン友の病状のことなども話します。
新事務所に帰ります。明石さん、来所。前日に「学びのひろば」の公開学習会や運営員会のことなど聞かせてもらいます。
体調が心配で働くことに何かと不安を持っておられるスタッフさん、住宅さんと一緒に来所願います。体と相談しながら働いてくれたらありがたい、と話します。
冷凍うどんを温めて昼ご飯。
午後、少し休憩。そして新聞、書籍、雑誌などに目をとおします。
途中、社会福祉士会の権利擁護センターの「ぱあとなあ岡山」の事務局へ、成年後見制度を利用され当方が受任していたお二人さんが亡くなり、家裁への報告手続きをすべて終えたこと、メールで報告でした。
夕方、仕事を終えた池田さん、来所。前日に開かれた、特養・中野けんせいえんの家族会総会のこと教えてもらいます。みんなの家ななくさの住宅さんも来所してくれて、ななくさとだんだんの運営にかかわることが話題に。
7時過ぎに自宅に帰ります。
記事分類 NPO人権みんなの会記録 | コメント 0 »