みんなの会 岡山市北区下伊福西町1-53 ● みんなの家ななくさ 岡山市北区西崎本町1-7 ● みんなの家かるがも  岡山市南区浦安本町158

成年後見、葬儀前日

|20年02月12日 |中島 |

2013/02/12 06:52

11日、火曜日。朝早くから目が覚めます。建国記念の日の祝日。50歳で亡くなり、この日が、生きていれば89歳の誕生日という我が父親。戦前の紀元節の日に生まれたから、瑞穂、という名にしてもらったんだろう、と推測したり。朝風呂で身支度。まだ暗いなか新事務所へ。追い抜くとき、犬の散歩している町内会長さんと朝の挨拶です。

雑務。この日急きょ勤務となった池田さんに、依頼者が池田さんの昔からのお知り合いだったこともあり、成年後見していたNさんの死亡と葬儀のことなど、伝えます。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。みんなの家だんだんのスタッフ、女性のSさんが急きょ入院になったことで勤務の組み立て、何かと頭を痛めています。

前日亡くなった100歳のNさんが生前に用意した位牌を持って、仏具店へ歩きます。位牌の赤字をとり、位牌の裏に逝去された日と年齢(行年)を彫り込むという作業をお願いです。対応してくれた店主さん、「みんなの家」の介護のとりくみ、よくやってくれるという声、周りの人たちからよく聞きますよ、と。

安置されている葬儀会社に走ります。お棺に入っているNさんの顔を拝見、線香を手向けて合掌です。対応してくれる女性スタッフさんたちの心配りに感謝です。

新事務所に帰り、残っている野菜を鍋に放り込んで昼食です。

午後、Nさんが生前に永代供養をお願いし供養料を支払っているお寺さんに連絡をいれます。前日亡くなり、翌日がお葬式になったこと、お骨を持参させていただきたいことなどを伝えて了解をもらいます。

夕方、歩いて母親のアパートへ。サンドイッチとスープを持参します。3日ほど訪問しなかったからか、「どうしょん、忙しいんかな」と心配してくれていました。顔を見せるのが一番の薬かな、と思うのですが。

新事務所にかえって、テレビ、読書、書類の整理など。100歳で亡くなったNさんの経歴が載せられている書類などにあらためて目を通すのでした。

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100歳で逝く

|20年02月11日 |中島 |

2013/02/09 17:31

10日、月曜日。朝、連れ合いの車で勤労者福祉センター近くのパーキングへ。前日の夕方5時過ぎから停めて500円で済みました。新事務所へ。

雑務。協立病院から訃報。前日に救急で入院した100歳の女性、Nさんがこの朝7時41分に亡くなった、とHCUの看護師さん。10時までにそちらにうかがいます、と返答。かつてからNさんがお世話になっていた女性のYさん、葬祭会社、市役所福祉事務所、入所していた施設などに次々と連絡です。

みんなの家ななくさの住宅さん、来所。位牌の赤い字の抹消などのことなども話します。9時半に出発。協立病院へ。HCUに入って、すぐにYさんも駆けつけてくれて一緒に医師からの説明を聞きます。肺炎だったようです。10時半には葬儀会社の車が迎えに来てくれます。こちらも葬儀会社に出向きます。そこから、葬儀の仕方についてあれこれと話、結局葬儀は焼き場の関係で12日に。Yさんを協立病院まで送って、遅めの昼食です。

新事務所にかえって、雑務。3時から、みんなの家の3つの事業所の合同事務局会議。この日は9人の参加です。1月分の収入実績が、今年度初めて予算・計画額を超えてくれました。2月の状況も、みんなの家だんだんが25名の利用者さんになるということで、まずはホッと。

終えて、みんなの家かるがもの4人のスタッフさんたちと体制づくりなどの話に参加します。

6時半過ぎ、もう一度、葬儀会社のホールへ。担当の方に成年後見している「登記事項」証明書を手渡します。2階に上がって、安置されているNさんの棺から顔を見せてもらいます。100歳の人生をいかに過ごしてきたのだろうか、手を合わせながら偲び、冥福を祈るのでした。

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団結の勝利、そのあたたかさ

|20年02月10日 |中島 |

9日、日曜日。早朝の配りものをすませて、朝風呂。Eテレの俳句番組を楽しんで、新事務所へ。

雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。利用者さんの個別の話も聞かせてもらいます。

国際交流センターへ。民医連の中四国協議会の学習会。佛教大学社会福祉学の岡崎祐司先生の「地域を起点・基点にした社会保障運動とまちづくり」の講演をききに行きます。1、地域の視点ーなぜ、地域での生活が次第に困難になっているのか、2.社会保障とまちづくり、その基本的関係、3-1.これからの地域づくりで強調されることー地域包括ケアシステム、3-2.これからの地域づくりで強調されること-地域共生社会、地域福祉計画、4.地域福祉とはどういうことか、5.地域の民主主義・人権と民医連運動ー地域ケアシステムや地域福祉づくりに民医連職員集団はどうかかわるのか、6.おわりに、という柱をたてての話でした。

地域福祉とは、地域に福祉の「責任と役割の体系」をつくることであり、これまで「地域の福祉力」と言われてきたが「地域住民の福祉力」が妥当ではないか。その中に、1.地域住民のなかで助け合う力、福祉活動を実践する力、と、2.偏見、排除、差別など福祉に反すること(人権に反すること)をなくす力、克服する力、の二つが必要。2番目の提起は、全解連が地域を捉えて問題を解決する場合に指標としてきた経緯がある、と話されます。

午後、新事務所に帰ります。翌日の会議資料を作成中、成年後見している100歳の女性、Nさんのいる施設から、救急で入院します、すぐ病院に来てください、と言う連絡が。急いて協立病院に走ります。医師からの説明を受けて入院手続きを済ませます。HCUに入られているNさんと面会。少し目をあけられてはいるものの、肩で大きく息をされているのです。

勤労者福祉センターへ。山陽新聞労組の勝利報告集会でした。少し挨拶もさせてもらいました。大勢の新聞労連の全国の仲間の笑顔と眼差し、働く者の団結の温かさを感じるのでした。

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労働者の権利、人権へ

|20年02月9日 |中島 |

2015/ 2/10 16:30

8日、土曜日。朝、いつものように新事務所へ。

雑務。成年後見制度で保佐している84歳の女性、Mさんのいる施設、高松稲荷方面へ走ります。まず施設の生活指導員の女性に12月分の介護保険利用料などを支払います。そしてMさんのいる部屋に。ベッドの中で眠っていたMさん、精神、体調ともに安定しない感じです。水分は欠かさないようにと、要望されていた保温できる水筒を手渡します。

帰り道、そのMさんが定期的に診察を受ける病院に立ち寄り、1月分の自己負担分を支払います。そのあと、我が母親のアパートに出向きますが留守。この日はみんなの家ななくさに出向いているようで少しホッとします。

新事務所にかえって炊飯器でご飯を炊きます。前日の残りのハヤシライスに新たに太目に切った玉ねぎをつぎ足します。しゃきしゃき感があり、美味しいのです。

明石さん、来所。体調のこと話されます。車が運転できなくなったら、それこそ大変だ、などと。山陽新聞労組の報告集会が翌日あるということで、労働組合運動の話に。支払基金の組合差別問題も思い起こしながら、労働者の運動、その基本的なことも聞かせてくれて学習になります。

商工団体連合会の福木さん、来所。風が強いから釣りにはならないね、と。12日に東京で、集会と政府交渉や国会議員要請活動などがあるということを聞きます。消費税をまずは5パーセントに戻す運動の中心、そのナショナルセンターとしての役割も大変な時期だと話し合います。魚料理の話もしていたら、鮨が欲しくなります。

夕方、連れ合いに海はいかないよと連絡を入れたら、食事の誘いがあり、これはラッキーと喜怒哀楽へ。ちょっと鮨をいただいたのでした。

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ちょっと昔を

|20年02月8日 |中島 |

7日、金曜日。朝、目覚ましが鳴らずに寝坊。あわてて朝風呂で身支度、池の鴨たちにパンを投げ入れてから出発。新事務所へ。

雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。みんなの家だんだんの利用者さん、新たな契約のことなど聞かせてもらいます。大野辻のコープのお店に走ります。少し昼ご飯用の食材と母親のためのポカリスエットなども手に入れます。

新事務所に帰ります。ハヤシライスで昼食です。

午後、住宅さんと一緒に榊原病院へ。Sさんのお見舞いです。昔の利用者さん、Kさんが住んでおられた地域を回って帰ってきます。みんなの家ななくさをほんと頼りにしスタッフさんを好んでおられて、迎えに行かない日でも、5キロもある道を押し車を押しながら歩いてでも顔を見せに来られていた時代もあったね、などと昔話になります。

新事務所にかえって、書類に目を通します。人権連の前身、全解連時代の機関紙「解放の道」岡山版の縮刷版を探して、80年代後半から90年代初頭の取り組みなどに目を通します。当時の山陽新聞社幹部の「差別発言問題」を解決するうえでの覚書を改めて見てみます。また、88年の知事選挙は、協立病院の医院長の水落おさむさんが大奮闘されたこと、89年11月には全解連と地元実行委員会主催の部落問題全国研究集会を開催して、当時の岡山市立浦安体育館に7000名が参加したこと、実行委員長が原野翹先生であったことなどとともに様々な枝葉のことも思い起こすのでした。

途中、母親のアパートに、朝コープのお店で買ったイチゴなどを届けます。なかなか外に出ようとしないのが気になりますが、もうしばらくは仕方ないか、とおもったり。

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地域に根差して

|20年02月7日 |中島 |

6日、木曜日。朝、新事務所へ。

雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。事業所運営についてなにかと話し合います。

岡山ハローワークに求人募集の電話をいれます。今年1月6日から求人にかかわる書面が大きく変更したので事前に書類に記入して届くようにしてほしい、と。それならば出向いたほうがどちらも良いのでは、と言うことに。事前に記入する書類、ホームページから印刷です。出向くのは月曜日に、と。

4日に話し合った、JR吉備線のLRT化の問題で、岡山市北区の沿線沿いの人たちとも共通認識にしたいという思いの集い、その案内ビラを作成。2020.03.28.吉備線問題考えるつどい・ビラ

西崎食堂で昼ご飯。煮鯖とあつい豚汁が美味しいのです。

午後、民主会館へ。県革新懇が呼び掛けた、加盟団体と地域と職場革新懇の代表者と事務局長に集まってもらっての会議。氏平事務局長が全国交流集会の報告集をもとに作った資料、小田川全労連議長、冨田関西学院大学教授、五十嵐法政大学名誉教授の方々の発言などの資料を使って、野党と市民の共闘化の時代から、連合政権を目指すまで発展してきたその背景などを報告。それを受けて備前・和気革新懇は「日米地位協定の見直し」を市議会で全員一致で採択させてきた取り組み、美作革新懇は成人式に9条改憲シール投票を行い圧倒的に改憲反対が多数を占めたことなど積極的に地域で活動していることを報告してくれます。青年からも、全国交流集会での共闘分科会で学習してきたことなども。安倍改憲の情勢に対していかにその重要性・緊急性・危機感などを持って取り組んでいるかが問われている、と確認できた会議でした。

人権連事務所で少し雑談。地域と人権・岡山版の校正についても少し話します。

新事務所にかえってすぐ、西大寺の市民会館へ。市民劇場、集金旅行を鑑賞。樫山文江さん、軽やかな動きと素敵な声が印象的でした。

自宅にかえって、録画していたEテレ・「BLACK IN BURAKUーアフリカンアメリカン、被差別部落をゆくー」をみます。一部の現象面、一部の感じ方だけで普遍化しようとしている、という無理を感じるのです。

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