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解決の最後の壁は

|25年01月26日 |中島 |

24日、金曜日。少し暖かい朝です。いつものように新事務所へ。

雑務。JR備前三門駅から吉備線で岡山駅へ。新幹線で姫路まで。姫路駅から山陽本線で御着駅をめざします。ところが乗った車両が新快速。普通なら停車していないはずですが、この日の事故の影響で発車時間がずれてしまったようです。加古川まで止まりません。折り返して普通列車に乗って御着駅に降り立ちます。通学路だった道を歩いて、小学生時代がよみがえります。高校まで育ててもらった親戚の家は格子戸から玄関口までの土塀が朽ちて倒れています。昭和の初めに建てられた家屋、80数年経過しています。今は売却されているようですが、家の中全体の見取り図が頭の浮かべることができます。まだ姿が見れるだけでも良いとしよう、と。

父親の墓に詣でます。2年ほどご無沙汰です。見取山という共同の墓地。途中、水取場においてあるバケツを借りて、水を汲んで運びます。誰か世話をしてくれる人もいないはずのお墓です。周りのお墓に迷惑かけているのかもと思いながらその墓前に。お花はもちろん雑草もなんにもない、さっぱりしたお墓にその水をかけてやりました。亡くなってから今年で44年、一緒に暮らした記憶もない父親ですが、それなりに頑張って生きてきたんだろうな、と思う気持ちもどこかにこちらの心の中に出てくる、そんな最近、齢がそうさせるのかな、と。

少し近所を歩いてみます。昔はなかった道が東西に走っています。しかし閑静です。大きなお寺さんがあったはず、おつかいで品物を持っていったら必ずお菓子か何かくれた大きなお家はどこだっただろう、などとあるきます。もう少し南に行きたいけれど時間が足りないと諦めます。その真ん中あたりの自治会の掲示板には、姫路市主催の講演会、「みなされる差別ーーなぜ部落を避けるのかーー」、講師は奥田均さん、というポスターが張られています。浄土真宗本願寺のポスターには「御同胞 隔てる壁は 差別心」というものも。特定の運動団体の応援部隊だったものが、今はそれこそ部落問題解決の最後の壁になっている、そんな思いを新たにします。

この日は、18,000歩あまり歩いていました。

 

25日、土曜日。いつものように朝風呂で身支度。木村のパン屋さん経由で運動公園へ。20分ほどの散歩。新事務所へ。

雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。だんだんの利用者さん、重篤な方がおられるという話も。運営推進会議の様子も聞かせてもらいます。

午後、岡山市の北区地域人権啓発事業の一つとして開催される「ハートフル映画&講演会」に出向きます。さん太ホールに開演の1時より5分ほど前に到着。しかし、入り口の案内の方から、満員で入れません、と入場を拒否されます。確かにビラには、先着順、定員を超えると入場を断る場合がある、と書かれています。遅く来たものは仕方ないよ、と言われているようでどうも癪に障ります。キャパは余裕があるところを設定してよ、と。

食料を買って、いったん事務所に帰ります。午後4時からの岡山駅東口での「市民と野党の合同宣伝」に参加。通常国会が始まって、それに対する野党の皆さんの話、工夫されていました。人権課題で、社民党の委員長は、選択議定書、包括的差別禁止法について言及されていました。

母親に食料を届けます。新事務所に戻って、引き続き雑務。大相撲は金峰山、強いね、と。7時過ぎに帰宅。樫山文枝さんがマドンナの寅さん、ちょっと見てみたり。

記事分類 NPO人権みんなの会記録 | コメント 0 »

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