|25年06月20日 |中島 |

2014/ 6/18 6:27
19日、木曜日。早くから目が覚めて朝風呂で身支度。新事務所へ。
雑務る7時半少し前に西崎大通へ。私より早く女性お二人が来てくれていました。19日宣伝、安保法制の廃止にむけたスタンディングです。2015年10月から初めて、111回目となるこの日は5人の参加でした。参加者のおしゃべりは、イスラエルとイランのミサイル攻撃、そしてアメリカの介入のあの傲慢な物言について。
新事務所に帰り、雑務。2024年度分の「介護職員等処遇改善加算金支給報告」の準備なども。正規職員さんたちの「退職金算定のための基礎支給額」の整理もしておきます。
遅くなったお昼は、県庁近くの王様のラーメン、700円。ここの醤油スープがお気に入りです。
県立図書館で、少し読書です。冷房が弱いのか1階の奥に行くと暑くて、入り口近くに場所替えです。
東川原のコープに出かけて食料品を買いだします。ATMで現金の引き出しも。
新事務所に帰ります。母親用に野菜スープを温め、持参です。その足で岡山駅西口へ。5時から19日宣伝、総がかり行動主催のサンステ宣伝です。この日は10人が参加。高校生が、戦争反対、と声を上げて通り過ぎます。そうだ、と声もかけてみたり。若い人たちがプラスターなどに目を向けてくれています。
林病院へ走ります。公益財団法人林精神医学研究所の評議員会です。運営状況の報告を聞かせてもらいます。現在の診療報酬などでは、物価・賃金の上昇に適切に対応できる仕組みになっていないこともあり、病院の7割近くが赤字になっている現状にも触れておられました。林財団では、改善策も計画的にとりいれながら皆さん頑張っておられることも伝わってきます。この日は、理事と監事の選出もあり、8時過ぎに終えました。
津山市のFさんから、部屋の片づけ中、新品の汁椀が出てきたので、ななくさ等で使ってくれるかなという問いかけ。ありがたくお願いしました。
8時半ころ帰宅。喜楽のお弁当で夕食でした。
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|25年06月19日 |中島 |

2018/ 6/13 6:10
18日、水曜日。早く目が覚めます。赤旗新聞、山陽新聞にゆっくり目を通します。朝風呂で身支度。新事務所へ。
雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。20日のみんなの会総会で報告するパワーポイントのことなど話題です。地域人権ネットを構成する一般財団法人岡山県民主教育研究会の評議員会のことも少し報告です。
民主会館へ。20日のみんなの会総会で3つのみんなの家から報告してくれるパワーポイントのデータを、吉岡理事に届けておきます。参加者、リアルとオンライン、委任状参加数などの掌握よろしくとお願いです。
岡山駅西口の国際交流センター内の市民サービス窓口へ。印鑑証明一通を申請です。社会福祉法人・結いの役員届けに必要なようです。奉還町のかもがわアンテナショップに出かけイモ類を買っておきます。水道局近くの整形外科へ。脊柱管狭窄症対策で薬を処方してもらいます。こんどはJAおかやまのはなやか店へ。黄瓜りが一つありました。桃も白桃ではないのですがきれいに見えたのでゲット。二つで500円、手ごろなお値段。すぐ隣にはふたつで1000円の種類が違うものもありました。
暑いので、紀伊国屋書店に出向いて併設の喫茶室でお昼を。少し休憩です。
3時半ごろ新事務所に帰ります。母親から電話。この日もおいでよという催促に聞こえます。お粥さんをつくり、桃を一つ皮を剥いて切り取りタッパにいれて持参です。だんだんと頼りなくなってきている感じです。
新事務所に帰り、雑務。20日の午後の会議、地域人権問題研究集会実行委員会の第1回研究会のことを頭に、かつての文書なども目に通します。
8時半過ぎ帰宅。少し遅い夕食でした。
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|25年06月18日 |中島 |

2014/ 6/16 6:04
18日、火曜日。6時ごろ新事務所へ。
雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。月半ばから勤務時間を増やしてくれた方の労働条件通知書を持参です。20日の総会報告、利用者さんの事例紹介も入れたものをパワーポイントしてみよう、などと。
みんなの家ななくさの二階の会議室へ。管理者会議です。総会議案をざっと読み合わせ。特に今年度の特徴なども。管理者会議の議案のひとつ、職場環境整備とスタッフさんの健康対策の議題で、職業病的に言われている腰痛への対策、健康診断の定期的実施と検査内容の追加、適切な労災対応などについて話し合います。
各事業所では、次年度体制のことも視野にいれて今年度中に段取りすることはきちんと、という話にも。
昼過ぎに終えます。岡山駅西口のコインパーキングへ。あまりに暑さ、暑さ対策で、ちょっと避難です。かき氷が欲しくなります。宇治金時にアイスまで乗せた豪華版を喫茶店で。ゆっくりできる時間でした。
夕方、新事務所へ。メール添付で20日の総会での3つのみんなの家事業所の報告が届いています。少し整理していきます。
9時前に帰宅。かき氷が腹にもたれた感じで食が進みません。この日は関東にこの春進学した孫が、書類が必要となって岡山に帰ってきた、ということで東京土産が置かれていました。時の流れを感じさせてくれます。
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|25年06月17日 |中島 |

2013/ 6/18 6:29
16日、月曜日。いつものように新事務所へ。
NPO法人地域人権みんなの会の2025年度総会議案書、予算案、役員案なども含めまとめて一冊のものにして、メール添付で民主会館へ事務局へ送信です。
ハヤシライスをつくり昼ご飯です。
午後、民主会館へ。一般財団岡山県民主教育研究会の評議員会です。ぎりぎり間に合って到着です。会議室に出向いてみて、式次第がないので、すぐつくるように話します。財務諸表が報告されていきます。法人税等のなかの法人住民税のことも話題になります。民主会館運営について、現実の館使用上の課題、例えば駐車場がいっぱいになった時の対応など、入居団体が共有してみんなで対処できることが大切だという論議になりました。また、次年度の役員体制を新たにするときには、定款もよく吟味して幅広い理事体制も検討していくことなども話し合われました。
終えて、しばし先輩のFさん、Oさんと懇談。体調維持のこと、1989年の岡山県の解同組織分裂時の裁判記録のことなども話題です。解同が当時の社会党県議を糾弾対象にするという、全国的にも奇異な現象が岡山県では起きていました。こんな話を共有できる人たちが少なくなりました。
革新懇の部屋に出向いて事務局長としばし話し合います。前日の憲法をかたる会の様子なども聞かせてもらいます。
大野辻のコープで買い物。母親に届けます。新事務所に帰ります。翌日の管理者会議の議案書づくりにかかります。
8時過ぎに帰宅でした。
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|25年06月16日 |中島 |

2014/ 6/16 6:02
15日、日曜日。朝早く目覚めます。朝風呂で身支度。新事務所へ。
雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。終活にかかわって相談があった利用者さんのことでその紹介先のことなど話します。20日のNPO法人地域人権みんなの会総会についてもあれこれと。
総会の議案書を整理していきます。三戸さん、来所。前日の岡山県AALA連帯委員会総会のこと、講師の加百さんの話がとても胸に響いたと共感し、沖縄南西諸島への視察旅行について青年が参加しやすい条件をつくってあげたらよいのに、という話にも。9条の碑を設置していく運動などのことも話題でした。
お昼は冷凍していたご飯をレンジで温め、冷蔵庫に残っていた牛肉に焼き肉用のたれをかけてフライパンで焼いて、それをご飯の上に。焼き肉丼です。
少し休憩。午前中に手をかけていた、法人の総会議案書づくりに集中です。
夕方、7時半すぎて帰宅。父の日、ということで娘と息子から届いた芋焼酎、連れ合いが買ってきてくれた喜怒哀楽のお寿司などちょっと贅沢な夕食。美味しくただきました。
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|25年06月15日 |中島 |
13日、金曜日。いつものように新事務所へ。
この日は6月給与と賞与の支給日。事務局の安田さんと吉岡理事、3人で3つの事業所のスタッフさん個別の封筒に現金をいれていきます。吉岡理事には、みんなの家かるがもまで運んでもらいました。
終えると12時半過ぎ。岡山駅西口の駐車場に愛車を停めて遅めの昼ご飯です。しばし散策です。駅のスーパーで買い物をして、母親に届けます。新事務所に戻り、留守の間に届けてくれている書類などに目を通します。
この日は、イスラエルのイラン核関連施設へのミサイル攻撃のニュースが。おいおい、どうなるのか、何を考えているのか、などと。
14日、土曜日。木村のパン屋さん経由で新事務所へ。
この日の朝は。イランからイスラエルへの報復攻撃のニュース。アメリカの軍事パレードの準備などのこと。ほんと、どうなる、どうするの、などと。
雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。今年勤続10年を迎えるTさんも。次の世代への継承、意見も聞かせてもらいます。
関西町の「みんなの会館」へ。後援会活動、「いのちと人間の尊厳が大切にされる」社会へ、そのために参院選挙では、と話します。久しぶりに顔を見る人もいれば、いつも顔を見るのにこの日はいないね、という人もいたり。
喫茶店のカレーで昼ご飯。民主会館へ。岡山県AALA連帯委員会の総会です。記念講演は、岡山県被爆者2・3世の会の加百智津子さんです。「日本被団協ノーベル平和賞をセレモニーに終わらせないために——核兵器廃絶に向けて何を学ぶか」がタイトル。パワーポイントを使って1時間余り話されました。
広島での被爆の実態を、被爆された母親から受け継いできたこと、話してくれました。父親は入市被ばく者にあたる、とぃっておられました。偶然、新婚間もない二人は被爆数日後に奇跡的に出会うことできたようです。
1949年生まれの加百さんより先に、二人の男の子が生まれたのですが、二人とも出生後まもなくなくなったこと、母親のその二人に対する深い思い、二人が被爆の害毒をもって体内から持ち出してくれたから私が生きておられる、と言っていたと。講師もある程度成長してから病気がちになっていったこと、小学校時代、母親が被爆者だと発表したら、「原爆症がうつる」と同級生に言われたこと、結婚時の辛さなど、被爆者2世としての経験を語ってくれました。2世に対する支援対策、各県によって大きな違いがあるようです。岡山県は福祉企画課が窓口。被爆二世の方を対象とした健康診断を年1回実施している。(1)・・・・実の両親のいずれかが原爆被爆者であって、次のいずれかに該当する岡山県内に居住する方/ 広島被爆にあっては、昭和21年6月1日以降に生まれた方/ 長崎被爆にあっては、昭和21年6月4日以降に生まれた方 となっています。
写真は、講師の母が被爆時に着ていた上着。
母親の食料を買ってアパートへ。その後、新事務所に戻ります。ひと休憩です。
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