|20年02月14日 |中島 |

2014/ 2/15 7:11
13日、木曜日。朝、いつものように新事務所へ。
雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。4日ほど前に入院したみんなの家だんだんのSさんの状況も聞かせてもらいます。
前日葬儀と納骨を済ませたNさんのいた施設の生活指導員さんに報告の電話。残された衣類の処理などの件で改めて出向くこと相談です。
すこし書類の整理。経営状況のわかる損益計算書も打ち出してもらったり。11時半過ぎに出発、県立図書館へ。3冊返却して4冊借りてきます。県庁近くの王様ラーメンに行きますが満員でダメ、少し間をおいて今度は定食屋さんでカキフライ定食をいただいたのでした。
車のなかは気分が悪くなるようなあたたかさ。というより暑いのです。南区の中央卸売市場のふくふく市場で、つるし柿を手に入れます。岡南ハッピータウンの喫茶店アイスクリームが乗ったアイスコーヒーをオーダー。少し読書。4時半には、みんなの家かるがもに。職場会議に参加して、新年度からの体制について提案をします。
終えて新事務所に帰ります。JR吉備線で岡山駅に。確定申告自主計算のとりくみで津山から来てくれているFさんからその状況をきかせてもらいます。そして最近の組織課題などを話し合うのでした。
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|20年02月13日 |中島 |

2015/ 2/13 17:32
12日、水曜日。朝、いつものように新事務所へ。
雑務。10日に、成年後見していて100歳10か月で亡くなった女性、Nさんの葬儀にむけて喪服に着替えます。納骨するための書類なども点検、葬儀会社に支払うお金も確認です。Nさんを長年ボランティアで見守ってきてくれたYさん、早く来てしまったと連絡あり。事務所にあがってもらい珈琲をおとして懇談。9時半過ぎに出発して葬儀会場へ。しばし待機、二日前に約束した時間、10時きっちりに葬儀費用を受け取られる方が私たちの前にこられます。支払って、Nさんが安置されている部屋に。みんなの家だんだんの池田さんが顔を覘けてくれて亡くなったNさんをねぎらい最後の別れを。Yさんともなにかと話されていました。11時に出棺。Yさんを助手席に、東山斎場へ、遺体を乗せた白い車のあとをついて走ります。11時35分に炉の中に。午後1時前に呼ばれて、死体埋火葬許可証と火葬場使用料1万円の領収証をいただきます。遺骨と対面。骨壺にお骨を入れていきます。骨壺を助手席のYさんにもってもらい、永代供養を事前に契約していたお寺さんに向かいます。本堂の奥の奥にまで入らさせてもらい、そこに骨壺を安置。位牌は後日持参しますのでよろしくご対応を、とお願いでした。
2時過ぎに新事務所にかえって来ます。少し休憩。斎場で必要だった後見人登記事項証明証、市役所の住民課まで出向いて返してもらいます。窓口担当の若い女性職員さんのねぎらいの言葉が心地よいものです。
4時半過ぎに新事務所に帰ります。市役所職員さんのねぎらいの言葉の余韻があるうちに、葬儀会社に電話して、お世話になりましたと伝えます。担当のスタッフさんたち、私たちには知るよしもない苦労もあるお仕事だと思いますが、心のこもった対応をいただき感謝なのです。頑張ってほしいな、という思いです。一緒に動いてくれたYさんともメールでやりとり、互いにねぎらい、そしてお礼でした。
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|20年02月12日 |中島 |

2013/02/12 06:52
11日、火曜日。朝早くから目が覚めます。建国記念の日の祝日。50歳で亡くなり、この日が、生きていれば89歳の誕生日という我が父親。戦前の紀元節の日に生まれたから、瑞穂、という名にしてもらったんだろう、と推測したり。朝風呂で身支度。まだ暗いなか新事務所へ。追い抜くとき、犬の散歩している町内会長さんと朝の挨拶です。
雑務。この日急きょ勤務となった池田さんに、依頼者が池田さんの昔からのお知り合いだったこともあり、成年後見していたNさんの死亡と葬儀のことなど、伝えます。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。みんなの家だんだんのスタッフ、女性のSさんが急きょ入院になったことで勤務の組み立て、何かと頭を痛めています。
前日亡くなった100歳のNさんが生前に用意した位牌を持って、仏具店へ歩きます。位牌の赤字をとり、位牌の裏に逝去された日と年齢(行年)を彫り込むという作業をお願いです。対応してくれた店主さん、「みんなの家」の介護のとりくみ、よくやってくれるという声、周りの人たちからよく聞きますよ、と。
安置されている葬儀会社に走ります。お棺に入っているNさんの顔を拝見、線香を手向けて合掌です。対応してくれる女性スタッフさんたちの心配りに感謝です。
新事務所に帰り、残っている野菜を鍋に放り込んで昼食です。
午後、Nさんが生前に永代供養をお願いし供養料を支払っているお寺さんに連絡をいれます。前日亡くなり、翌日がお葬式になったこと、お骨を持参させていただきたいことなどを伝えて了解をもらいます。
夕方、歩いて母親のアパートへ。サンドイッチとスープを持参します。3日ほど訪問しなかったからか、「どうしょん、忙しいんかな」と心配してくれていました。顔を見せるのが一番の薬かな、と思うのですが。
新事務所にかえって、テレビ、読書、書類の整理など。100歳で亡くなったNさんの経歴が載せられている書類などにあらためて目を通すのでした。
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|20年02月11日 |中島 |

2013/02/09 17:31
10日、月曜日。朝、連れ合いの車で勤労者福祉センター近くのパーキングへ。前日の夕方5時過ぎから停めて500円で済みました。新事務所へ。
雑務。協立病院から訃報。前日に救急で入院した100歳の女性、Nさんがこの朝7時41分に亡くなった、とHCUの看護師さん。10時までにそちらにうかがいます、と返答。かつてからNさんがお世話になっていた女性のYさん、葬祭会社、市役所福祉事務所、入所していた施設などに次々と連絡です。
みんなの家ななくさの住宅さん、来所。位牌の赤い字の抹消などのことなども話します。9時半に出発。協立病院へ。HCUに入って、すぐにYさんも駆けつけてくれて一緒に医師からの説明を聞きます。肺炎だったようです。10時半には葬儀会社の車が迎えに来てくれます。こちらも葬儀会社に出向きます。そこから、葬儀の仕方についてあれこれと話、結局葬儀は焼き場の関係で12日に。Yさんを協立病院まで送って、遅めの昼食です。
新事務所にかえって、雑務。3時から、みんなの家の3つの事業所の合同事務局会議。この日は9人の参加です。1月分の収入実績が、今年度初めて予算・計画額を超えてくれました。2月の状況も、みんなの家だんだんが25名の利用者さんになるということで、まずはホッと。
終えて、みんなの家かるがもの4人のスタッフさんたちと体制づくりなどの話に参加します。
6時半過ぎ、もう一度、葬儀会社のホールへ。担当の方に成年後見している「登記事項」証明書を手渡します。2階に上がって、安置されているNさんの棺から顔を見せてもらいます。100歳の人生をいかに過ごしてきたのだろうか、手を合わせながら偲び、冥福を祈るのでした。
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|20年02月10日 |中島 |
9日、日曜日。早朝の配りものをすませて、朝風呂。Eテレの俳句番組を楽しんで、新事務所へ。
雑務。みんなの家ななくさの住宅さん、来所。利用者さんの個別の話も聞かせてもらいます。
国際交流センターへ。民医連の中四国協議会の学習会。佛教大学社会福祉学の岡崎祐司先生の「地域を起点・基点にした社会保障運動とまちづくり」の講演をききに行きます。1、地域の視点ーなぜ、地域での生活が次第に困難になっているのか、2.社会保障とまちづくり、その基本的関係、3-1.これからの地域づくりで強調されることー地域包括ケアシステム、3-2.これからの地域づくりで強調されること-地域共生社会、地域福祉計画、4.地域福祉とはどういうことか、5.地域の民主主義・人権と民医連運動ー地域ケアシステムや地域福祉づくりに民医連職員集団はどうかかわるのか、6.おわりに、という柱をたてての話でした。
地域福祉とは、地域に福祉の「責任と役割の体系」をつくることであり、これまで「地域の福祉力」と言われてきたが「地域住民の福祉力」が妥当ではないか。その中に、1.地域住民のなかで助け合う力、福祉活動を実践する力、と、2.偏見、排除、差別など福祉に反すること(人権に反すること)をなくす力、克服する力、の二つが必要。2番目の提起は、全解連が地域を捉えて問題を解決する場合に指標としてきた経緯がある、と話されます。
午後、新事務所に帰ります。翌日の会議資料を作成中、成年後見している100歳の女性、Nさんのいる施設から、救急で入院します、すぐ病院に来てください、と言う連絡が。急いて協立病院に走ります。医師からの説明を受けて入院手続きを済ませます。HCUに入られているNさんと面会。少し目をあけられてはいるものの、肩で大きく息をされているのです。
勤労者福祉センターへ。山陽新聞労組の勝利報告集会でした。少し挨拶もさせてもらいました。大勢の新聞労連の全国の仲間の笑顔と眼差し、働く者の団結の温かさを感じるのでした。
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|20年02月9日 |中島 |

2015/ 2/10 16:30
8日、土曜日。朝、いつものように新事務所へ。
雑務。成年後見制度で保佐している84歳の女性、Mさんのいる施設、高松稲荷方面へ走ります。まず施設の生活指導員の女性に12月分の介護保険利用料などを支払います。そしてMさんのいる部屋に。ベッドの中で眠っていたMさん、精神、体調ともに安定しない感じです。水分は欠かさないようにと、要望されていた保温できる水筒を手渡します。
帰り道、そのMさんが定期的に診察を受ける病院に立ち寄り、1月分の自己負担分を支払います。そのあと、我が母親のアパートに出向きますが留守。この日はみんなの家ななくさに出向いているようで少しホッとします。
新事務所にかえって炊飯器でご飯を炊きます。前日の残りのハヤシライスに新たに太目に切った玉ねぎをつぎ足します。しゃきしゃき感があり、美味しいのです。
明石さん、来所。体調のこと話されます。車が運転できなくなったら、それこそ大変だ、などと。山陽新聞労組の報告集会が翌日あるということで、労働組合運動の話に。支払基金の組合差別問題も思い起こしながら、労働者の運動、その基本的なことも聞かせてくれて学習になります。
商工団体連合会の福木さん、来所。風が強いから釣りにはならないね、と。12日に東京で、集会と政府交渉や国会議員要請活動などがあるということを聞きます。消費税をまずは5パーセントに戻す運動の中心、そのナショナルセンターとしての役割も大変な時期だと話し合います。魚料理の話もしていたら、鮨が欲しくなります。
夕方、連れ合いに海はいかないよと連絡を入れたら、食事の誘いがあり、これはラッキーと喜怒哀楽へ。ちょっと鮨をいただいたのでした。
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